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運命量産体


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記事:イシカワヤスコ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
金曜22時過ぎの新宿駅のホームで、私の心臓は暴走していた――。
  

新卒で働き始めて、数か月。
やっと気持ちに少しだけ余裕ができて、はじめて高校時代の友人と仕事終わりに飲みに行った。
高校を卒業してからずっと、ひと月に一度、土曜にオールで遊ぶのを恒例にしていたわたしたち。
スーツでアフターファイブ飲みなんて大人になったよね、と言いながらほんの数時間、甘いカクテルを飲んで喋った。
帰りがけにお手洗いに寄り、鏡を見た。
鼻のファンデーションは剥げ、全体的に化粧が崩れている。
「帰るだけだから、いいか」
化粧を直さずに店を後にして、駅で友人と別れた。
 
 
ホームで列に並び、「大人かぁ」と先ほどのやり取りを思い出す。
活き活きと仕事をし、ガッツリお金を稼げるキャリアウーマンに憧れていたが、実情は全然違う。
ここに入る! と意欲に燃えてたった1枠の内定を勝ち取り入った会社は、求人票に嘘を並べ立てていた。
求人票との差をたずねると「そんな時代があったんですよ」と当たり前のように言う。
憧れだった業種も、思っていたのと違いすぎる。
狭いオフィスに、わたし以外には4人の40代男性。
わたし相手にただひたすら仕事と全然関係のない、まったく興味のない話を延々と垂れ流し続ける先輩男性のストレスのはけ口にされるクソつまらない時間に、わたしの心は削られていた。
わたしはこの先、どうなるのだろう。
求人票が出る前からこの会社に入ると決めていて、1発1中で就職活動を終えたのは運命だったからじゃないのか?
運命と言えるほどのドラマチックな展開ではなかったのか。
ただのラッキーを勘違いしていたのかもしれない。
 
 
とりあえず、明日会社に行かなくていいということが救いだ。
昼まで寝て、部屋の掃除をして……と前に並ぶ男の人の背中をぼんやりと見ていたら、その人が横を向いた。
嘘でしょう……??
2年半も前に、わたしが好きだったひとだ。
いや、正確に言えば、いまでもしつこく好き、だ。
バイト先で12月に出会ったその人は3月に学校を卒業して、北関東の地元へ帰った。
たった4ヶ月、しかも特別親しくなれたわけでもなかったけれど、なぜかどうしてもすごく好きだったのでバレンタインデーに告白をした。
帰郷することを知っていて、ただ自分の気持ちを伝えるだけで相手にどうしてほしいかを言わない中途半端な告白だったのでどうにもならず、ただの片想いだった。
しかし、思いのほか長引き、会わないのに好きな気持ちがまったく冷めないまま2年も経った。
彼が運命の人でないなら、残りの人生はお釣りでもしかたがない、と感じていた。
そして、もしまた偶然に会えたとしたら、その時こそ運命なので絶対に逃してはいけないと固く信じていた。
 
 
まさに、いま。
その運命が目の前に差し出された。
でも、わたしの体は動かない。
さっき鏡で見た、毛穴の見える鼻筋が頭によぎったから。
ほんのひと手間を惜しんだばかりに、わたしはいま「化粧が汚く崩れた女」だ。
好きな人に、運命の相手に会える顔じゃない。
一瞬のとまどいが、わたしを冷静にした。
もしここで「ずっと好きでした」と告げたとして、だ。
…………相当ヤバいんじゃないだろうか。
もしわたしが2年ぶりに会った知人、顔を覚えているかどうかも怪しい人にいきなり「ずっと好きでした」と言われたら?
全力で逃げ出さなくてはいけないストーカー案件ではないか!?
本当にただ偶然後ろに並んだだけなのに、それすらも疑わしく思われるだろう。
運命という言葉は、麻薬だ。
恋のオブラートに包まれたそれはひたすら甘美で、ふわふわな綿あめに包まれたように脳をうっとりとさせる。
しかしその幻想が途切れた途端、ベタベタとこびりつく不快さしか残さない。
 
 
電車が来て、彼もわたしも乗り込んだ。
たまたま空いている席に座ったら、彼が真正面に座った。
心のすべてをかき乱されるような時間が過ぎ、最寄り駅で立ち上がると、彼も同じ駅で先に降りた。
なーんーでーーー!!
これじゃストーカー度が増し増しじゃないの!!
わたしここにずっと住んでるし実家だから!!
好きな人を怖い目に合わせてはいけない一心で自分の足元だけを見てゆっくりと歩き、わざと彼の行方を見失った。
 
 
運命という言葉は、便利だ。
ちょっとした幸運も運命と言ってしまえば、途端に自分が選ばれし人のような気になる。
実らなかった恋でさえ、運命でくるんでしまえば美しくて大事に大事に持っていたくなる。
いままでずっと会えなかったことも、たまたまこうやって出会えてしまうことも、すべて運命。
まるでトランプのジョーカーのように、オールマイティー過ぎやしないか。
もしかして、運命ってそのへんにカジュアルに転がっているんじゃない?
「これが運命ですよ」と教えてくれる存在はいない。
そしてまた、「これは運命ではありません」とも教えてくれない。
自分が勝手に運命という色を乗せ、ロマンチックな夢を見るだけなのかもしれない。
 
 
結局、彼は運命の人ではなかったようだ。
その後一度も会うことはなく、会社も翌年辞めた。
次に勤めた職場で出会った人と恋に落ち、もう15年以上一緒にいる。
かつて運命だと思っていたことはことごとく色あせた。
運命という降ってわいたドラマチックを期待するよりも、自分の手で何かをつかみ取りに行く方が性にあっているようだと思うようになってきた。
かつてはお釣りでもいいと思っていた人生を、今日も楽しく生きている。
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2018-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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