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メディアグランプリ

彼女の名字が変わった時


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田村 なんとか(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あ、ナカムラじゃなくてサトウにして。わたし、名前変わったの」
 
一緒に遊んでいたゲームのニックネームを登録しようとしてた僕に、彼女は呟くように言った。
 
「ああ、そうなんだね。じゃあ、サトウ クルミだね」
 
僕は内心、えっ? えっ? と思いながらも落ち着いた素振りで登録を完了した。彼女も気まずいのだろうか。ゲームに夢中なフリをして、僕と目を合わせようとしない。
 
変な話をしたくならないように、二人は目の前のゲームに意識を向けた。
 
 
僕と彼女は3ヶ月に1回、デートをする関係だ。
 
途中、しばらく会わない期間もあったが、いつの間にか出会って6年が過ぎていた。
 
僕は彼女に愛情を抱いていた。でも、それをどのように伝えればいいのかわからないまま、手探りの状態でデートを重ねていた。
 
僕なりにだけど、いつも言葉やスキンシップで気持ちを伝えてはきた。でも、彼女の反応からは十分にその思いが伝わったかはよくわからないでいた。
 
天真爛漫。
 
そう表現したくなるような丸顔の笑顔を使って、彼女はいつも僕に気持ちを隠していたように思う。照れ隠しであることは明らかだったし、嫌ならば繰り返し会ってはくれない。好意はある。それでも、直接的に気持ちが確認出来ないことに僕は少しのもどかしさと不安を感じていた。
 
名字の話が出たのは、その矢先の出来事だった。
 
もしかして? と思う瞬間がなかったと言えば嘘になる。この状況は想定の範囲内だったし、覚悟もしていたつもりだった。それでも僕は小さくないショックを受けた。また彼女と一緒に暮らす機会を心のどこかで願っていたからだ。
 
 
僕と彼女が出会ったのは6年前。お互いの存在を意識して一年弱の時間を要したが、出会って2週間ほどで僕たちは一緒に暮らす事になった。
 
当時、僕は替えのきく人間がいない仕事でとても忙しかった。週末は疲れ切った体で外出する事も難しかった。それでも、一緒にお風呂に入ったり、夜遅くまで抱き合って過ごしたり、他愛なくじゃれあう時間を過ごしたりしながら、幸せな時間を過ごしていた。
 
1年半ほど経った頃、僕らは家庭の事情で別々に暮らすことになった。300㎞ほど離れて暮らすことになり、会うのが難しくなった。会えなくなってから2年半後、僕らは今のように時々、デートをするようになった。
 
久ぶりに会った時、彼女の雰囲気は少し変わっていた。正直、最初のうちはどのように接すればよいのかを戸惑った。それは彼女も少なからず同じだったようだ。それでも、会いたいという気持ちだけを信じて繰り返し会っているうちに、段々とぎこちなさもとれてきた。
 
男の立場だからだろうか。滅多に会えないこともあり、会った時には楽しんでもらいたいという気持ちが強い。遊園地やレストランなどに誘いもするのだが、彼女にはあまり響かないらしかった。どうやら、普段会えない分、ベタベタしたいらしいのだ。人目につかない場所で。
 
結局、彼女の地元の市民センターの展示室を半日借り、そこで過ごすという形に落ち着いた。
 
展示室というのは、習字コンクールの作品展示をするような広めの部屋だ。100平方メートル以上の広さがあるので、その気になれば身体を動かすにも十分な広さがある。天気の心配もいらない。
 
僕らはこのだだっ広い展示室の片隅に長机一つと椅子二つを出し、そこで本を読んだり、ゲームをしたりし、それが飽きたら、時々思いついたように走り回ってじゃれ合ったりしていた。
 
 
昨日もそんな一日だった。
 
途中、突然の告白があったりもしたが、それを除けばいつも通り楽しい時間を過ごす事が出来ていた。
 
時計の針が午後4時を示す頃、部屋に一人の老人が入ってきた。
 
 
 
「くるみちゃん、そろそろ帰る時間だよ。お父さんとバイバイしようか」
 
 
祖父の声を無視して、くるみは追いかけっこを続けようとする。
 
「お父さん、私を撮って。あそこのすみっこで」
 
「すみっコぐらしみたいで可愛いでしょ!」
 
数分ほど彼女のおねだりに付き合った後、大人としての責任感から僕は部屋の片づけを始める。さすがに出した机と椅子の全てを元・義父に片づけてもらうわけにはいかない。
 
部屋を出る時に元・義父は報告があると告げた。
 
「実はアカリが先月、再婚しました。共働きなのでくるみは学校が終わった後はうちで面倒を見ています。なので、今までと何も変わらないんですけどね」
 
かつての結婚生活での夫婦喧嘩を少しだけ思い出した後、
 
「そうですか。生活が上向くといいですね」
 
とだけ返した。
 
 
手をつなぎ、展示室を出てエレベーターに乗る。
そして市民センターの1階で別れる。
いつもの流れだ。
 
別れ際にくるみは決して僕と目を合わせない。明後日の方を向いたまま、虚ろな表情でバイバイと手を振る。ハイハイ、早く帰ってねと言わんばかりの形だけの挨拶。
 
溢れだしそうな感情を必死に抑えている姿に胸が締め付けられる。そして、決して振り返らない小さな後ろ姿が見えなくなるまで見送る。
いつもの流れだ。
 
 
状況に対して出来る事は何もない。僕にできる事は彼女を一人の人間として信じてあげること。そして助けを求められた時に助けてあげること。その為に会いに来続けること。
 
世のそれとは違うかもしれない。でも、これが僕の父親としての在り方なのだ。
 
そう思いながら、僕は電車に揺られた。

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2018-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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