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プレゼント


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記事:鶴岡 靖子(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
 
「あなたの記憶に残るプレゼントはなんですか?」
そう言われて思い浮かぶのは、自分がもらったものではない。父へのプレゼントである。
 
父は、いつもウエスタンブーツを履いていた。お気に入りのブランドのブーツ。何故かそれ以外は履かないので、毎年必ず私がプレゼントする事になっていた。25、5センチの父の足は、男性としては小さい方で、店頭にあることは滅多になく、毎年取り寄せになる。1月の誕生日と、6月の父の日。およそ半年に一回ずつ。年に2回の、父へのお決まりのプレゼントだ。
 
いつだったか、取り寄せるのが面倒で、似たようなデザインのブーツをプレゼントした事があったのだが、結局それは下駄箱の肥やしになっていた。だから、時間はかかるけど、靴屋さんで取り寄せをすることにしていた。
 
その年も、父の日がやってきた。
 
すでに実家を出ていた私は、普段ほとんど帰省する事がなかった。プレゼントを渡すついでに実家に帰るのを、父は楽しみにしていたらしい。しかし、その年は注文するのを忘れていて、父の日が来てから
「あ、そういえば注文してなかった……」
と気が付いた。それでも、
「誕生日にプレゼントした靴もまだ壊れた訳ではないし、まあ遅れてもいいか」とのんびり構えて、なんとなく靴屋に行くタイミングを逃して、7月になってしまった。母からの電話で
「お父さん、今年は靴まだかなあ、って言ってたわよ?」
と言われるまで、注文するのを忘れていたくらいである。まさか父がそんなに楽しみにしているとは思っていなかったので、慌てて注文に行った。取り寄せに1週間ほどかかるので、だいぶ遅くなったけど、渡しに行けば喜んでくれるだろう、と大して気にもしないでいた。
 
7月7日。
その日は母校の大学に用事があって顔を出していたのだが、ふと気付くと携帯に実家から着信があった。留守番電話なんて滅多に使わないのに、なんだろう?と、留守電を聞いた。その声は、いつもと違う声だった。
「靖子、すぐ帰って来て。お父さんが……目を覚まさないの。今、救急車呼んだから、とにかく帰って来て!」
 
目を覚まさない、の意味が理解できなかった私は、慌てて折り返し電話を掛けたが、母は電話に出ない。とにかく、車で一時間かかる実家まで急いで帰った。帰る道すがら、父のことだからまたふざけてるんだろう、とか、今ごろ病院で笑ってるんじゃないか、とか、色々な事が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。どこをどうやって帰ったのか覚えていないのだが、気が付いたら私は実家に辿りついていた。家に入ると、母と弟が呆然と座っていた。
 
「え? お父さんは?」
私が声をかけると、弟が
「二階だよ」
と答えた。二階へ上がろうとした私を母が静止した。
「今、警察がケンシしてるから、上がったらダメだって」
 
……ケンシ? 一体なんの話?
 
一瞬、母の言っている言葉の意味がわからなかった。ポカンとする私に、弟が言った。
「人が自宅で死んだら、事件性がないか警察が調べなくちゃいけないんだってさ。それが終わるまで、二階は立ち入り禁止なんだよ。俺もまだお父さんに会ってないんだ」
「死んだ? 誰が?」
「だから、お父さん!」
 
事態が飲み込めないまま、時間だけが過ぎていた。しばらくすると、二階から見たことのない人たちがドヤドヤと降りて来て
「どうぞ、もう大丈夫です」
と言われた。ああ、大丈夫だったんだやっぱり。と安堵しながら二階へと上がった。そこには、布団に入って寝ている父がいた。
「お父さん、びっくりしたよ、ただいま!」
と声をかけた。でも、父は目を覚まさなかった。後ろからきた母が
「靖子、ちょっとどいて」
そう言うと布団を剥がし、弟と二人で父を着替えさせ、布団を新しいものに取り替え、部屋を片付け始めた。その間、父は微動だにしなかった。
 
……死んでるんだ。
 
私がようやく我に帰ったのは、葬儀屋さんが家にきて、簡単なお焼香の道具が並べられて、何やら説明を始められた時だった。その時私の頭に浮かんだのは、信じられないことに
「あ、父の日のブーツ、頼んだのに」
だった。何故それが浮かんだのか、自分でもわからない。父が死んで悲しいよりも
「誰が履けばいいんだろう、あのブーツ」
と困惑している自分がそこにいた。何故か、涙は全く出なかった。
 
その時気がついた。年に二回の、いつも決まったプレゼントは、ピアノ線のように、見えないし細いけど、絶対的に私と父をつないでいるものだったのだ。見えないからその大切さを私は忘れていたけれど、父はその糸をとても大切にしてくれていたのだ。だから、絶対に自分でも買わないし、他の靴も履かなかったのではないだろうか。
 
父の葬儀前日。靴屋さんから電話があった。
「ブーツ届いてます、取りにきてください」
私はその時初めて泣いた。もう、父は二度と靴を履けないんだな、と思ったら、涙が止まらなかった。

***

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2018-09-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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