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「家庭科の女王」と呼ばれて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:金澤千恵子(ライティング・ゼミ木曜コース)

「かなちゃんは、家庭科の女王だったよねえ」
卒業後三十〇年たった今でも、中学時代の友達に会うと、そう言ってからかわれる。
まるで家庭科がクラスで一番成績がよかったみたいに聞こえるが、実際はその逆だった。
私は筋金入りの不器用だった。
特に被服の時間は地獄だった。
いくら練習しても、ただまっすぐ縫うだけの「並み縫い」が曲がってしまう。
何度かけ直しても、ミシンの糸が途中でからんで「ダンダンダン」と止まってしまう。
糸を止めるために作る玉結びの玉が小さすぎて、反対側に抜けてしまう。
そんな低レベルな私に、中2の課題「パジャマ制作」は荷が重すぎた。
最初のうちは、こっそり家に持って帰ってお母さんにやってもらっていた。
しかしすぐに先生にバレて、お持ち帰り禁止令が出た。
授業時間内では全然終わらないので、提出期限が近くなると、毎日家庭科室に行って居残り作業をする羽目になった。
ほかの人が使うとスムーズに動くミシンが、なぜか私の手にかかると、糸がからんだり切れたりする。変なふうに縫ってしまうと、ほどくのに途轍もない時間がかかった。
そんな私に口の悪いクラスメイトは「家庭科の女王」とあだ名をつけた。
私の、文字通り血と汗と涙がしみこんだパジャマは、確か5段階評価で「3」をいただいた。できばえを考えると、たぶん連日ひとりで居残りをした私を気の毒に思った先生が1点かさましをしてくれたに違いない。

高校の家庭科は、調理か被服かを選択できた。私は迷わず調理を選び、「これでお裁縫とは永遠にオサラバだ」と心のなかで万歳三唱した。

しかし、20年後、思わぬところに伏兵はいた。
子供の幼稚園の入園グッズだ。スモック、上履き用の袋、手提げカバン。すべて手作りでなければならなかった。
今だったら「手作りグッズ」を代行してくれるネットショップがたくさんある。でも当時そんなサービスはなかった。それに「一人娘の入園グッズくらい、自分で作らなければ」という義務感もあり、入園グッズの本を買い、当時はまだ吉祥寺にしかなかったユザワヤでなるべく縫いやすそうな布を選び、やはり入園日ギリギリに、泣きそうになりながら徹夜で制作した。
もちろんできあがりはお粗末で、縫い目は曲がっているし、端の始末も適当だったので、あとで何度も糸がほどけてきた。ただひとつの救いは、子供が気にせずそれをもって通園してくれたことだった。

それからは、体操服や水着にゼッケンをつけたり(それも後にはアイロン接着テープ式に変えた)、ボタンを付けたり、制服の裾をかがったりするくらいになったが、針と糸を持つたびに感じるほんのすこしイラっとする感覚は、ずっと抜けなかった。

先日久しぶりに、パジャマのボタンが取れて、裁縫箱を取り出した。最近は老眼も加わり、糸を通すところから、ストレスマックスだ。やっと糸を通し、ボタン位置を決め、布の裏側から針を出す。出したところがボタンとずれているのでもう一度刺し直すのだが、ボタンを押さえている指の位置が悪く、思い切り針をぶっ刺してしまった。
「アチチチチ」思わず声を出しながら、これは何かに似ている、と思った。

不器用で、時間がかかるのは、手先だけじゃない。
書くことも、私は不器用だ。
とても時間がかかる。
書きたいことがうまく表現できないときには、まるでミシンが糸がらみをしたときのようなもどかしさを感じる。
半分以上書いた原稿がどうしても気に入らなくて捨てるときには、せっかく調子よく縫えていたのに、布の裏と表を間違えて縫い付けていたことに気づいたときのような虚しさを感じる。

それでも、諦めないでまた取り組もうと思えるのは、たぶん、家庭科室で、たったひとりでミシンに向かっていた、あの日の経験があるからだと思う。
苦しかった、もう二度とやりたくない、と思うのに、なぜか家庭科室の窓から差し込んでいた夕日が忘れられないのは、古ぼけたミシン机の手触りや、パジャマにはふさわしくないペラペラした布地の柄が今でも手や目に残っているのは、下手くそでも、不出来でも、最後までやりとげた自分への、誇りがあるからだと思う。

人生はたぶん、うまくいくことより、うまくいかないことのほうが多い。
でもうまくいったことより、うまくいかなかったことのほうが記憶に残っているのは、たぶんそれを乗り越えたことが、大きな自信になっているからなのだろう。

お裁縫はたぶん一生、好きになることも得意になることもない。
でも、どんな経験も決して無駄ではなく、今私が書くことに、生きることに役立っている。
だから、ぶかっこうなパジャマもバッグも上履きいれも、捨てないで、きれいなセピア色の写真に加工して、心のなかのアルバムにそっと保存しておこう。
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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