僕は猫をペロっと舐めていた
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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わたなべ 萌いづ(書塾)
「わたなべさんではなくて、わたなべクンと呼んでますね」
とのアニマル・コミュニケーターから意外な言葉が返ってきた。
虚をつかれ、思いもよらないことばであった。
「エエッ」
と思わず反応する僕は、望外の感動で、声の震えが止まらない。
そもそもアニマル・コミュニケーターってなんだろう。
聞きなれないことばだが、
人と動物との間に立ってコミュニケーションをとる架け橋をする人で、
研修をつんだ有資格者だという。
一言で言えば言葉の話せない犬猫小鳥などペットを中心に
彼らのことばを代弁して
動物と人間の対話をサポートしてくれる。
「アニマル・コミュニケーターにマルの相談頼んだよ」
三毛子さんから突然の連絡が入った。
三毛子さんは動物保護の運動をしているひとりだ。
そもそもなんでコミュニケーターを呼ぶ羽目になったのか。
実はこの五月以来我が家のメス猫の「マルセル・モイ-ズ・わたなべ」こと、
略してマルは布団に粗相を繰り返すことをやめないので
保護団体メンバーのきじしろ三毛子さんち
のアパートに保護されたままなのだ。
はや、半年が過ぎる。
そろそろ執行猶予付きながら我が古巣に戻そうかと相談していた矢先だ。
三毛ちゃんによると保護団体のメンバーの薦めで
アニマル・コミュニケーターに相談したらと打診されたらしいのだ。
アニマル・コミュニケーター、聞きなれない言葉だ。
「それって陰陽師とか霊媒者かいな」
と反応する僕に三毛ちゃんは
「ちゃう(違う)」と即答する。
しかし、まぁ、横文字との相違だけで、
さして変わらないのだろうと勝手に思っている。
三毛ちゃんの話によるとあらかじめマルの状態、マルの写真、質問事項をラインで
送っておいたと言う。
当日はラインのビデオ通話で相談にのってくれる。
マルと飼い主の僕、三毛ちゃん、そして
霊媒師―間違い、アニマル・コミュニケーターとの三者一匹面談がはじまった。
さてマルは僕のことを「わたなべ君」と呼んでくれたことで
僕は感極まっていた。
さらにコミュニケーターは続ける。
「わたなべクンは友だちとか恋人なんかではないよ」
「わたなべクンは、あたいにとって愛人であり夫だと言ってます」
というのだ。
「マルはそこまで僕のことを思ってくれていたのか」
当然のこと、コミュニケーターの立場から言うと多少は飼い主の気に入る回答を
したほうが有益かもしれない。
それに僕は霊媒師だの催眠術だのお化けだのおおよそ非科学的なことを
昔から拒否をしてきている。
それでもだ。
さすがにマルの代弁者としてコミュニケーターから
発せられた言葉に目の前のマルに対して僕からの感謝の念を
隠しきれなかった。
「それならなんで、個展がおわって作品の帰還、手伝いの人々の
雑踏の中とはいえその日から4日連続して
僕の布団に大中小の粗相をやらかしたの」
僕は素朴な疑問をぶつけてみた。
「あの時ね、誰か知らないお姉ちゃんが
あたいにむかってシーッっていったんだよ」
さらに言う
「プリーツのスカートを履いていたね」
とコミュニケーターを通じて返ってきた。
「でもね、あの後ね、お利口さんだったねって尻尾の付け根ぺんぺん
してくれてたら、あたいはそれで満足したんだよ」
という。
コミュニケーターはさらに言う。
「ところがわたなべクンから、何もフォローがなかったんだよね」
「それで、このおうちであたいの存在って何なんだろうと思っちゃたんだ」
という。
僕がこう答えた。
「わかったよ、マルちゃん。ね、これからは態度で示すからね、
今後は粗相はしないでね」
するとコミュニケーターの言葉を通じて
「粗相事件での、あん時のわたなべクンの狼狽には、
あたいもほんとにびっくりしたんだ」
という。
コミュニケーターが間に入って次のように言ってくれた。
「今後わたなべクンにどうしても分かって欲しいことが
あったときは、これからは餌皿をひっくりかえすことにしようね」
と。
これにはマルから
「うん」とも「すん」とも返答はない。
今後を期待するしかないであろう。
しかし僕は期待できるとそのとき確信した。
僕は最近の面会の度にマルは隠れて姿を見せてもくれない、
実に無愛想この上なかった。
僕はいつもさびしい思いで、帰宅する羽目になる。
でも今のマルの生き生きルンルン気分はどうだ。
コミュニケーターと対話が繫がっているあいだ中、
マルの態度に明らかな異変がみられた。
腹を見せて寝ころばったり、「すりすり」といって親愛の情を示すべく
体全体でにおいを刷り込んでくるのだ。
そして行ったり来たり、いかにも楽しそう。
マルの想いがコミュニケーターを介して伝わっていると
いう実感なのか、どこか吹っ切れた動きと表情にみえた。
僕は今後を確信したしだい。
最後にコミュニケーターからのさらなる言葉が
一層、僕をほろりとさせるのだった。
「お絵かきの仕事しているときとか音楽を聴いているときの
わたなべクンって、大好きなんだよ」
「おでかけして、なかなか戻ってこないときも
お仕事の打ち合わせやなんかで忙しいのだからと
すこしくらい辛抱できるよ」
と言っていると。
僕は動物、ペットは単にかわいいだけだとずっと見くびっていたのだ。
実際は僕が思っているよりもはるかに猫からの信頼、愛情が
計り知れないのだとこのときほど教えられたことはない。
僕にとっては一皮剥けた大切な転機になった。
ペットは家族だといわれることがなるほどと
納得した瞬間でもあった。
やはりマルを抱くとかわいさのあまり、
僕は奥歯を噛んで医者から教育的指導が入るのだろうな。
女の子を抱いても奥歯を噛んだことは
今だかつて無いと言うのに。
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