fbpx
メディアグランプリ

ナチュラルボーンコピーライター


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:ノムラカヲル(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「もう家に帰ろうっ!」
 
祖父は激怒していた。
施設のスタッフが宥めようとしても、かえって興奮は高ぶるばかりのようだった。だが、家に帰らせるわけにはいかない。今夜はどうしても、ここに泊まってもらわないと困るのだ。
 
母も、スタッフと一緒になって、なんとか祖父の気を和らげようとしている。私はその間、どうすれば祖父が落ち着いてくれるのかを必死に考えていたが、良い案は何も思い浮かばない。ただ黙って立ち尽くしていることしか出来なかった。
 
私の祖父は、今年で98歳になる。祖母は私が中学生の時に亡くなってしまったので、もう10年以上、広くて大きな家にひとりで暮らしていた。
 
かなりの高齢にも関わらず、身の回りのことは何でも自分でできる。若々しく、極めて健康だった。健康診断を受けても、お医者さんがビックリするほど、何一つ悪い数値が出ない。私が生まれた時から、ずっと「パワフルなおじいちゃん」だった。母にとっても、小さな頃から「ヒーローのようなお父さん」だったと言う。
 
そんな祖父だったが、昨年軽い脳梗塞で倒れてしまった。すぐに救急車で運ばれたので、命に別状はなかった。ただ、家にひとりで暮らしていくことは難しくなってしまったので、高齢者施設に入居することになった。週に何度か私の母や叔父叔母が様子を見に行き、私もたまに母に付き添って会いに行くようにしていた。
 
その日は、私と母の2人で祖父を連れ出して、ドライブに出掛けたのだった。
 
車の中ではずっとニコニコしていた祖父だったが、施設に戻ろうとする道中、急に「家に帰りたい」と言い出した。脳梗塞で倒れたとはいえ、元々活発な祖父にとっては、施設の中は非常に窮屈な場所に感じられたのだと思う。可哀想に思えて仕方がなかったが、どうしようもなかった。
 
そして、施設に着くなり祖父は一変した。
 
「お願いやけん、家に帰らせてんや!」
 
かなり興奮ぎみに怒り出したのである。母や駆け付けた施設のスタッフが落ち着かせようとしても、余計に気持ちが高ぶっていくようだった。
 
「部屋に戻りさえしてもらえれば、あとはなんとかしますので……!」
 
とスタッフの人は言うが、どう考えてもそれさえ難しい状況だった。祖父は、頑なにその場から動こうとはしない。私もどうにか説得しようとするが、嫌がる祖父を無理やり引っ張っていくようなことは出来なかった。「これは、かなりの長期戦になりそうだぞ……」という雰囲気が漂っていた。
 
その時である。母がゆっくりと祖父に近付いて、こう言った。
 
「あれ? お父さんの部屋ってどこやったっけ? わたしちょっと忘れてしまった〜」
 
それを聞いた祖父は、それまで興奮していた様子から一転、スッと落ち着いた表情で母の手を引っ張って歩き始めた。自分の部屋に向かって。
 
魔法のようだった。周囲のスタッフもぽかんとしていた。
 
後から考えたことだが、おそらくこの時、祖父の中で「娘の前ではしっかりしておかないといけない」という父親としての心理が働いたのだと思う。そして、母はそれを狙って、その一言を投げかけた。全く動こうとはしなかった祖父を、母は言葉で動かしたのだった。
 
母を部屋に案内すると、祖父は落ち着きを取り戻し、もう「家に帰りたい」とは言い出さなかった。もちろん帰りたい気持ちはあるのだろうけれど……。(じいちゃんごめん)
 
この出来事を、私は傍から見ていることしか出来なかった。ただ頭の中では、
 
「力ずくでは動かない人を言葉で動かしたってことは、うちの母ちゃん、コピーライターの才能あるんやない……!?」
 
なんてことを興奮ぎみに考えていた。当時の私は、コピーライターを目指してる系の大学生だったので、「言葉で人を動かす」みたいなことに、なんか敏感に反応しちゃう時期だったのだと思う。この母から生まれたということは、自分にもコピーライターとしての素質があるのかもしれない、と本気で思った。
 
帰りの車の中で、母は私に言った。
 
「お父さん(祖父)は昔から、私が困っとったりしたら、すぐに助けてくれるような人やったけんね〜」
 
ハッとした。
 
祖父を動かした母の言葉は、自分の父親のことを知り尽くしているからこそ出てきた言葉だったのだ。才能なんかから生まれた言葉ではなかった。当たり前だけど。
 
自分の父親が、どういう風に言えば動いてくれるのかを熟知してるからこそ、何十年も一緒に過ごしてきた娘だからこそ、成せた芸当だったのある。
 
「やっぱ、母ちゃんすげえ」
 
素直にそう思った。
 
私は現在、コピーライターへの道は一時的に断念し、長めの文章を書くライターとしてなんとか生計を立てようと奮起している。
 
この、祖父と母とのエピソードは、「言葉を扱う」上で大切なことを、私に知らしめてくれた。
 
もちろん、『娘が父親に伝える言葉』と、『ライターが読者に向けて書く言葉』とでは、大きく異なる部分はあると思う。しかし、共通しているところもある。
 
・相手(ターゲット)のことをよく知ること。
・その人の気持ちを考えること。
 
この2点だけは、ずっと大事にしていきたいと思う。
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《11/18までの早期特典あり!》

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事