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メディアグランプリ

疲れて寂しい夜には、宛先を空欄にして電子メールを送ろう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高木英明(ライティングゼミ平日コース2018年10月開講)

「電子メールって、死語ですよお、いまどき」
仕事中に電子メールするなという私の注意に対して、珍しい動物でも発見したような表情で若いスタッフは言った。
電子メールは死語? そういえばあまり聞かなくなったなとは思う。スマホやパソコンのメールソフトで他人と連絡を取り合うことは日常的にある。「メール送りました」「メール見ておいてください」などのやりとりをすることも頻繁にある。しかしメールという単語の頭に「電子」と加えた言葉を口にしたことがあったかどうか振り返ってみたが、ここ数年の記憶に限定すれば一つも思い出すことはできなかった。
だが二十五年くらい前は違った。電子メールという呼び名は私の日常の中にどっぷりと浸透していて、その言葉を聞かない日は無かった。毎日のように自宅のパソコンをネットワークにつなげて、一心不乱に電子メールを書いては送る生活をしていたからだ。そして今、電子メールと聞いて思い浮かぶのも二十五年くらい前の思い出ばかりだった。
初めてパソコンを買ったのは1993年のこと。個人でインターネットに繋いでいる知人は周囲に一人もいなかった。代わりにパソコン通信が一部の間で流行していた。
自宅にパソコンが届き、同封の「パソコン通信の案内」資料を見た時、思わず目を奪われた。まさに自分が心の中で求めていたサービスだと知ったからだ。パソコン通信とは、様々なジャンルのフォーラムで構成された交流の為のネットワークで、会員同士が電子メールで語り合ったり、議論したりするサービスだった。スポーツ、芸能、趣味、政治、恋愛、などジャンルは多岐にわたり、好きなフォーラムに参加することが出来た。これはとても画期的なサービスに思えた。というのも日々の生活の中で同じ趣味の同志を探すのは難しいと感じていたからだ。今でこそSNSを通じて簡単に仲間を見つけることが可能となったが、当時は手段が限られていた。学校のサークル、雑誌の読者欄、文通欄などで出会いを摸索する人も多かった。だが学校のサークルは種類が乏しく、雑誌の読者欄なども紙面が限られ、相手募集の記事を掲載してもらえる可能性も低かった。また掲載されたとしても住所、電話番号等を全国に晒す必要があった。興味ある分野について誰かと語り合いたいと願いながらも、同じ趣味を持つ友人は少なく、休みの日には雑誌などを読みふけったりしながら過ごす事が多かった。
そんなときに現れたパソコン通信と電子メールは私の生活を一変させた。フォーラムはいつも熱気に包まれていて、語り合う相手に飢えている人たちが大勢いた。電子メールさえあれば寂しさを感じることもなく、誰かとつながっているという安心感があった。仕事で出張するときは必ずノートパソコンと電話線を持参した。当時「グレ電」と呼ばれる公衆電話が存在していたのをご存知だろうか? グレ電とは文字通りグレー色の公衆電話で、パソコンを接続できる公衆電話だった。新しい出張先に行くと、まずはグレ電の所在地を探した。電話ボックスにこもり、電話線でグレ電とノートパソコンを繋いで電子メールの送受信を行った。そこまでしてでも語り合いたい話題と相手がたくさん存在したのだ。
だが時代の移り変わりは早く、コミュニケーションの在り方は劇的に変化していった。インターネットへと舞台は変わり、ホームページや掲示板などが賑いをみせるようになった。そのブームも下火になると今度はブログが流行り、さらにはSNSと呼ばれる新サービスが瞬く間に世を席捲した。スマホの普及でどこに居ても気軽にインターネットを楽しめるようになった。見渡せば、実に多くの人がスマホを片手に遠方の人と連絡を取り合っている。もう語り合う仲間に不足する時代ではなくなった。
匿名やハンドルネームによる交流が主流だった電子メールの時代、実生活のしがらみから切り離された電子空間で私は気が済むまで誰かと語りあっていた。しかし現在のSNS主流の時代になってからは、ネットと実生活との境目は曖昧になった。SNSを通して職場の同僚や近所の知人など身近な顔見知りの中から同好の士を見つけることも容易になった。そうなるとネットでの言動が実生活に影響を及ぼすこともあるから、発言やつぶやきも世間体を考えながら行うようになった。
 二十五年前と違い、同じ趣味を持つ友人はたくさんできた。当時あれほど渇望した理想の交友関係を手に入れたはずなのに、満たされてないと感じる日が増えた。好きな話題について話す相手も機会もたくさんあるのに、思い存分本音で語り合えたという充足感を得ることが少なくなった。誰と会っても話しても物足りなさを感じるようになった。
だから時々、仕事に疲れた夜になると古いパソコンを取り出して電子メール用のソフトを起動する。そこに自分の本音を書きなぐる。こんなこと書いたら変な人だと思われるかもしれないとか、周りの評価など気にせずに、思いの丈を、二十五年前と同じように書いてみる。そしてひとしきり書いた後にはいつも思い知ることとなる。メッセージの宛先欄に入力できる相手がもう誰もいなくなってしまっていることに。
電子メールという言葉を聞かなくなって久しい。電子でできた手紙、架空の空間に存在した手紙は現実生活の中に浸透し、電子という部分の文字だけが溶けて無くなりつつあるように感じる。
いつの頃からか、疲れたり、寂しくなった時には、知人には語ることのできない密かな思いをパソコンのメール画面に向かって打ち込むようになった。溶けてどこかへ居なくなってしまった同好の仲間達に向けて、受信されるはずのない電子メールを送信する。もしかしたら顔も知らない誰かが、奇跡的に返信してくれるのではないかと少しだけ期待しながら。

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2018-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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