メディアグランプリ

今そこにある危機


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小山 美和(ライティングゼミ平日コース)

またニュースで高齢者虐待が報道されている。
介護施設で、介護職員による高齢者に対する暴力が毎日のように報道されている。
これを見た一般の人たちは、どのように感じるのだろうか?
介護職員はモラルがないなとか、ろくでもない人間だとか思われているのだろうか?
もし、そうなら私は言いたい。
暴力を振るわれているのは、圧倒的に介護職員の方だと。
どうして、高齢者による介護職員に対する暴力は報道されないのだろうか?
介護に携わる人なら、みんな知っていると思うのに、世間は知らない人が多い。
体を触られたり、キスをされるのは日常茶飯事で、指の骨を折られたり、平手打ちされることもしょっちゅうで、介護職に夢を持って入ってきた職員もこれが原因で現場を去ることも少なくない。
かくいう私も、高齢者からの暴力で介護職を去ったものの1人です。

 それは、暑い夏が終わり、肌寒くなってきた秋の夜のことでした。
私は新入社員の教育係として20歳のIちゃんとペアを組んでいた。
まだまだ仕事に慣れない彼女との夜勤で、広い建物の中に職員は私たち2人きりだった。
施設の入居者たちは、全部で50人ほど、寝たきりの方、車いすの方、全盲の方もいたけど健康な方も何人かはいた。
50人を2人で見るのは、けっこうキツイし、それに今日の責任者は、私だった。
深夜12時の巡回が終わり、少しほっとして、そろそろ仮眠につこうかと思っていたその時、急にナースコールが鳴った。
「あれ? Aさんの部屋だよね?」と私は不思議に思った。
最上階に住むその女性は、いつも杖をついて優雅に歩いている。
足が少し悪いだけで、他はどこも悪いところがなかったからだ。
「はい! どうされましたか?」
「……」 応答がない。
どうしたのだろう?
その女性が、今までにナースコールを押すこともなかったし、体調が悪くなることもなかった。
それでも、そこは高齢者だ、急変ってこともあるのかもしれない。
私たちは走って、Aさんのお部屋に向かった。
トントン、トントン、夜中なので周りの方を起こさないようにノックした。
「あれ?」返答がない。
まさか、中で倒れているのかも…… 緊張が走った。
その時、背後からAさんの隣の部屋の男性が「いないよ」と言ってきた。
「え?」こんな夜中に何してるの? なぜ、いないって言うの?
すぐに状況が呑み込めなかった、その瞬間、事件は起こった。
Aさんが心配になって、さらにノックを続けた。
バン!て音がして私が振り返ると、Iちゃんが倒れている。
男性が、Iちゃんの頬を引っ叩いていたのだ。
頭の中は「?」だらけであったが、殴られた状況がすぐに分かった瞬間、カーっと頭に血が上るのを覚えた。
「何するんですか!」咄嗟に怒鳴り声を上げていた。
私が守るべき対象の彼女が殴られていたのだ、何の理由もなく、突然に。
私は、まだ彼女を殴ろうと腕を振り上げていた男性の腕を掴んだ。
許せない女の子を殴るなんて!
私は、生まれて初めて怒りに震えることを覚えた。
男性は、腕を掴んだ私の顔に、思いっきり頭突きをしてきた。
頭がくらっとなり、首をもたげた瞬間、ボコッと私の顔に蹴り上げた。
俯いたその床に血がぽたぽたと落ちていく、口を切ったようだ。
よろけて膝をつく私に、男性は馬乗りになって、覆いかぶさろうとしてきた。
「いくつになっても男は男だ。」と誰か言っていたもを思い出した。
欲求不満だったのか……
それで、隣の部屋のAさんを襲うとしていたのだ、ようやくAさんのナースコールの理由が分かった。
Iちゃんが私を助けようと、男性との間に割って入ってきた。
私たちは、相手は高齢者だし、入居者だから手を上げることも、力強く殴ることも出来なかった。
躊躇しているIちゃんの髪を鷲掴みした。
助けようとした私の頭も鷲掴みされてしまった。
どこにそんな馬鹿力があるかと思うぐらいすごい力で、私たち2人を引き摺り回していく。 逃げようと動けば動くほど、髪が抜けて痛い。
あ……Iちゃんが泣いている。
そうだよな、まだ20歳なんだよ、Iちゃんは。
助けなければ、守らなければ、もうそれしか頭になかった。
でももがけばもがくほど、頭に痛みが走る。
まるでドラマみたいだと思った、それまでケンカなんてしたことがなかった私はボコボコにされるというのは、こういうことなのかと思った。
そのまま、しばらく膠着状態が続いた。
一瞬気が緩んだ、そのとき、Iちゃんは走った、私は追いかけないように男性の手を掴んで離さなかった。
それから私は、どうやって逃げたのか分からないが、男性の手をすり抜けて、死に物狂いで走った。
ダッダッダッダ後ろから追いかけてくる足音が響く、まさか走れるのか!
怖い、怖い、怖い、走っても走っても、ダッダッダッダ足音が近づいてくる。
階段を上がったり、下りたり、ぐるぐる回って、ようやく裏口から外に出た。
「助かった……」と思ったが、Iちゃんはまだ中にいる…… 緊張は解けない。
仕方ない、110番に電話しよう。
警察に電話したら社長に怒られるだろうな、そう思ったが、Iちゃんを助けてもらわなければいけない。
「助けて下さい! 早く、早く来てください!」
警察の方は、すぐに来て下さった。
一緒に中に戻り、Iちゃんと再会したときは、涙が出た。
Iちゃんは屋上の物陰に隠れていたそうだ。
長い、長い夜だった。
私たちは、ショックで呆然としたまま朝を迎えたが、出勤してきた職員たちは、私たちを気の毒がってくれたものの、あるあるだよねと言っていた。
本当にどうかしている、こんなことがあるあるだなんて、どうかしている。
高齢者は、なぜ凶暴になってしまうのか?
なぜ、人間らしさを失ってしまうのか?
問題がどこにあるのか真剣に考えないといけない、私たちもいずれ高齢者になるのだから。

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2018-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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