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終電を逃してみたら夜の旅が始まった


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記事:山田 楓(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
「終電ないみたいだし、今から駅まで歩いてみる?」
そんな一言から夜の道を4時間歩くことが決まった。
 
その日は4年に1度行われるサッカーワールドカップ大会の日で、私は友達とスポーツバーに行って、日本代表を応援していた。初めてのスポーツバーで、初めての大画面での観戦で、お酒も少し入りながら、とても興奮していた。しかも日本代表は2点もゴールを決めて、周りで観戦している知らない人たちと嬉しくなってハイタッチしたりして、すごく盛り上がっていた。試合結果としては接戦ののち引き分けに終わったんだけれど、試合が終わっても私たちの興奮は冷めなかった。
 
たしか試合が終わったのは深夜1時くらいだったと思う。日本の夜の時間帯に試合が開始されていたので、試合が終わるころにはもしかしたら終電がないかもしれないねという話を友達と事前にはしていたものの、確認してみるとやっぱり終電はないという状況だった。
 
スポーツバーから外に出て、夜のつんとした空気に触れて、これからどうしようかという話になった。そのときの私たちが持つ選択肢は2つだった。
「家の最寄駅の始発を目指して歩く」か「ネカフェやビジホに泊まる」かである。
でもやっぱりそこは学生なので、いつでもとにかくお金がない。どこかに泊まるということは、なけなしのお金を使うということになってしまう。
 
「どうする? どっか泊まる? それか歩く?」
「今やったら歩ける気せーへん?」
 
その会話で歩くことが決まった。スマホで調べてみると、スポーツバーがある場所から最寄りの駅まで歩いて約4時間。朝の5時ぐらいには駅に着く予定だ。
 
そうして私たち2人だけの長い長い夜の旅が始まった。
 
暗い夜の道を歩きながらとにかく2人でいろんな話をした。
高校生のとき授業中に寝てて先生に怒られたこと、
部活を本気でがんばっていたこと、
大学受験の勉強がとてもつらかったけれど合格したときは嬉しかったこと、
大学生になって自由の時間が増えたと思ったこと、
20歳の自分は全然想像していた姿と違ったこと、
留学に行って外の世界は広いと知ったこと、
毎日スーツを着て説明会に行って面接をした就活がしんどかったこと、
今まで学生だった自分たちが社会人になること、
不安に思っていること、過去のこと、これからのこと。
 
私たちの話は尽きることはなくて、場所が夜の道というだけで、私たちは何でも話せる気がした。道に人はいないし、誰の目も気にしなくていい。誰に聞かれることも、とがめられることもない。不規則に光る信号や、ひっそりと立つ街灯、なぜか明かりがついているビルがときどき視界に入ってくるくらいだ。
 
まるでこの瞬間、このあたりには自分たちしかいないような錯覚におちいった。
だから、何を話してもいいような気がした。
何を話しても、そこにただ存在する夜の空気が受け止めてくれそうな気がした。
今までそんなに言えなかったようなことさえお互いに気づいたら話していた。
 
そんな風に語り合っているうちに、だんだんと辺りが明るくなってきて、私たちは外で夜明けを迎えた。明るくなるとちょこちょこ朝から散歩している人たちとすれちがうようになって、現実の世界に戻ってきたと感じた。
 
そして2人でやっとの思いで、なんとか駅にたどり着いた。疲れたとか足が痛くてパンパンだとか、もう絶対に4時間も歩きたくないっていうのが歩き終わった直後の正直な感想だった。
「しんどかったけど、意外と歩けるね」
そんなことを言って、2人で駅のベンチに座りながら、笑いあった。
 
きっとあのとき私たちは「歩く」という選択をできるだけの元気と、歩ききれるという謎の自信があった。さらに、今振り返ってみるとむしろ私たちは不思議なことに「歩きたかった」のだ。なぜかしんどい思いをするとわかっていたはずなのに、歩きたかった。夜に次の日のことを考えないで歩くなんて今しかできない、ということに気づいていたのだ。
 
夜の長い旅は思った何倍も楽しくて、同時に思っていたようにしんどくて、だけど私たちの口から普段は出ないような話を引き出してくれて、過去のつらかったときの話をさせてしまうような、未来のまじめな話をさせてしまうような、不思議なパワーがそこにはあった気がする。
 
あのときは本当に楽しかった。4時間なんて長すぎると思っていたけれど、歩いてみるとあっという間だった。もちろん翌日にはしっかりと足が筋肉痛になって、階段を降りるときにブルブル震えたんだけれど。
 
きっと私はこれから4年に1度ワールドカップの度に必ず思い出すことになる。
あの夜の長くて短い、かけがえのない旅のことを。
 
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2018-12-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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