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経済界のロックンローラー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ギール里映(ライティングゼミ 平日コース)
 
 
「士農工商画商、自分たちのヒエラルキーが一番低いってことは、忘れちゃいけない」
 
私よりふた回りも年上の社長は、いつも口が酸っぱくなるぐらい、この言葉を私に伝えてくれた。
 
28歳で画廊の世界に入った。たまたま求人雑誌とらばーゆで見つけた画廊職員の募集で、もう申し込み締め切りは過ぎていたにもかかわらず、「まだ、大丈夫ですか?!」と鼻息も荒く電話をいれたら「いいですよ」とあっさり受け入れてくれたため、すぐに履歴書と職務経歴書をまとめあげて投函した。
 
東京に出てきてまだ2ヶ月。右も左もわからないこの街で、とにかくまずは仕事が必要だと思い応募した先はまさかの現代美術画廊。美大を出ているわけでもない私がそんな世界で働こうと決めた理由は、絵画という、ほとんどの人にとっては生活に馴染みも必要もないものが、なぜ数百万、ときには数千万円、数億円以上の値段がつけられるのか、そんな美術品の不思議に魅せられ、絵が高額になり売れていく仕組みを知り現場をこの目で確かめたい、と思ったからだ。
 
画商というと多くの人が、銀座の一角で高額な絵画を並べながら、お金のないお客を鼻であしらうような人種を思い浮かべるだろうか。バブル経済のころ、業者間で絵画作品を横に転がしていくだけで財を成すことができた時代ならまだしも、そんな人種はごく一部だということは、この世界に足を踏み入れてみたらすぐにわかったことだ。
 
案外、地味である。ニューヨークやロンドンにあるような大画廊ならともかく、日本の多くの画廊はほとんどが家族経営で、スタッフも身内だけか、増えても数人の事務職員だけ。だいたい社長と番頭の二人が稼ぎ頭だ。高額な美術品を扱っているが、仕事自体は案外地味で、掃除に書類作成、来客対応と、普通のオフィスワークとさほどかわらない。
 
違う仕事、といえば、新しい作家を発掘したり、展覧会を企画したり、国内外のアートフェアーに出展したり、いわゆる美術画廊らしい仕事だ。若い作家で、まだ誰の目にも留まっていない作家を見つけ出しプロデュースして、数年後、もしくは数十年後に作家が大化けして大ブレイクすることがある。ただ単純に高額な美術品を売買して高利益をあげることが画廊の仕事なのではなく、絵画や写真、彫刻作品という、実用の用途がない、ほとんどの人から見たら何の価値がないものを、発掘し、育て、付加価値をつけて世に出していく仕事。そんな世界に出会ったことに、若干28歳の私が誇りをもたなかったといえば嘘である。
 
私はこのちょっと特殊でかっこいい仕事が大好きだった。ほとんどの人には必要ないものに、なぜか高い値段がつけられるのか。そしてそれを「理解する」ことができるスノビッシュな人たちと関わり、大金を動かしていく。いくら雇われの事務員とはいえ、そういう世界に足を踏み入れたことに、優越感すら感じていた。
 
しかし、社長は言うのだ。士農工商画商だと。
 
「俺は、絵を売ってない。売ろうともしていない。お客さんとしゃべっているだけで、勝手に売れていくんだ」
 
社長はそう言うけれど、絵画の営業が全くわからなかった。なぜ売ろうとしていないのに、お客さんは絵を買うのだろう。安い買い物ではない。間違えてお財布からお金を出してしまうには、ありえない金額だ。それでも社長は一人で億単位の絵画取引をしていた。
 
にもかかわらず、うちの画廊は決して潤ってはいなかった。社長が派手な車を乗り回していたわけでも、高級タワーマンションに暮らしていたわけでもない。営業車は絵画をのせるために軽トラックだったし、新幹線だって普通車だ。高額商品を販売しているのでお金がたくさんあるように思われるが、実は画廊の屋台裏は慎ましいのだ。
 
なぜなら、画廊経営は、とてもお金がかかる。
 
作品を展示するために広い物件が必要なことももちろんだが、作家を育て、売れるようにプロデュースするには、新薬の開発ほどのお金がかかる。その経費を賄うために、マティスやピカソといったブランド絵画を富裕層に販売してお金を作る。富裕層に買っていただくには、作品がブランドであるだけではだめだ。そこに価値を見出さないと一切お金を出さないのが富裕層。安いから、が買う理由にならない人たちに、モノを買っていただくために必要なことはただ一つ。そこに、いかに価値を作り出すか、だ。
 
絵なんて、ただ1枚の紙切れかキャンバスである。そこに誰かが絵の具で色をつけただけのものに、どれほどの付加価値をつけることができるのか。それが画商の腕の見せ所である。お客さんは絵が欲しいのではない。その絵を買うことで手に入る、新しい自分の未来が欲しいのだ。その未来をどれだけリアルに、想像もできないレベルで、お客様に描いていただくことができるかどうか。その世界観を上手に作り出せる人たちのことを名画商という。
 
そんな画廊の仕事は、いまでも私に仕事をすること、そして生きることの意味が何かを伝えてくれている。
 
人生はロックなのだ。
 

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2018-12-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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