メディアグランプリ

いつかのイブに、失った愛と深めた友情の話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:水峰愛(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
 
山陰の冬は厳しい。
夕方から降り始めた雪は次第に激しさを増して、深夜近くには歩道を完全に埋めるほどの積雪になっていた。辛うじて車道に残されたタイヤ跡を頼りに、私は猛吹雪の中、アクセルを踏み続けている。この轍も、夜が明ける頃には完全に雪にかき消されるだろう。片側一車線の県道で、すれ違う車はほどんどいない。
それもそのはずで、今夜から未明にかけて観測史上稀に見る豪雪になることはニュースで再三警告されていた。ご丁寧なことに、夕方には町内にサイレンが響き渡り、公民館長の声がこう告げた。
「今夜は大雪になります。みなさん、しっかり戸締りをして、不要な外出は控えましょう」
 
それでも私には、外出しなければならない理由があった。
ワイパーを最速で稼働させても、フロントガラスに猛烈な勢いで降りかかる牡丹雪にはなす術もない。でも、私は知っていた。視界を塞いでいるのは雪だけじゃない。
拭っても拭っても流れ落ちるこの涙を、今夜中にどうにかして止める必要があった。
 
人気のない車道沿いの民家の軒先に、手作りのイルミネーションが寂しく瞬いている。トナカイの人形は無残に雪に覆われて、のぞいた角だけでその存在を主張している。
そう、それは奇しくも2009年の12月24日。恋人たちのお祭りの日。
それにしてもああ神様、なんて見事なホワイトクリスマスなの!
 
 
約束のビジネスホテルに命からがらチェックインすると、フロントの椅子には女がひとりで座っていた。2袋ぶんのビニール袋の中には、ワインボトルとスナック菓子がぎっしり詰め込まれている。
女の名前を、ユリコ(仮名)と言う。このビジネスホテルの従業員であり、高校時代からの私の親友だ。
ユリコは疲弊しきった顔を私に向けて、ただ一言こう言った。
「飲もう」
 
ユリコと私は、昨晩、失恋をした。
私は、熱烈に片思いをしていたバンドマンの男の子にあっさり玉砕し、ユリコに至っては、6年同棲した彼氏に振られた。美人で仕事もできて気立ての良い私の親友は、「他に好きな人ができた」と、とくに美人でもなく、ぼんやりしていて愛嬌だけはある知人の女に彼氏を奪われたのだ。
 
部屋に着くなり、私たちはバスルームに置いてある歯磨き用のコップになみなみとシャンパンを注いで乾杯をした。
フルマラソンのあとのスポーツドリンクのような、見事な一気飲みだった。
続けざまに、一人一本のワインが支給され、栓を抜くなり、これもラッパ飲みした。そして叫び声と共にベッドに倒れこみ、盛大な恨み節大会が始まった。
 
話の内容は、半分は覚えていないのと、覚えているものも酷すぎて、ここにはちよっと書けない。
日本転覆を画策する左翼活動家のように、私たちは現状への不満と、自分の尊厳を奪った者への憎しみの限りと、そしてこれから私たちがどのように生きていくべきか。そんなことを、酔いに任せて喋れるだけ喋った。理性をかなぐり捨てて、言いたいことを好きなだけ言うのは気持ちが良かった。
自分のどこが悪かったとか、どういうふうに振る舞うべきだったとか、そういう心の痛い自己分析や反省は、あとからやればいい。
ただ、明日から私たちが生きねばならない色彩を失った世界の過酷さを、今だけは忘れさせて欲しかった。
どう転んだってやってくる、向き合わなければならない現実に対峙するだけの鋭気を、ただ養わせてほしかった。
 
「あんたこれからどうすんの」
ヘロヘロに酔っ払った私がユリコに尋ねると、彼女はすこし考えて、呂律の回らない口で叫んだ。
「ホテル王に、私はなる!」
七つの海の制覇を狙う某・海賊漫画のセリフを持ち出したことがおかしくて、私とユリコは、いつまでも笑っていた。目に涙をためながら。
そのうち酒がきれて、猛吹雪のなか近所のコンビニへ行き、さらにその倍のワインを飲んで、私たちは気絶するように眠りについた。
 
目が覚めると、窓越しにぴかぴかの青空が目に入った。
時刻は昼過ぎ。チェックアウトの時間はとっくに過ぎている。二日酔いの重い頭をあげて顔を洗い、地獄のように散らかった部屋を片すと、私たちは除雪されたホテルの駐車場まで一緒に行き、握手をした。
降り積もった新雪を冬の太陽が照らして、きらきらと世界の明度を上げているような、そんな昼下がりに。
「よし、大丈夫」
「うん、来年こそは大丈夫」
それは大いなる虚勢だったけれど、でもいつか心からそう思える日が来ることも、私たちは多分わかっていた。
ユリコが別れ際に見せた笑顔は、「これぞ私の親友!」と世界中に自慢したくなるような、晴れやかで頼もしい笑顔だった。
 
 
 
 
バッグの中のiPhoneがLINEの受信を告げる。
「今日、19時半ならなんとか上がれそう」
送り主の名前は、河本百合子。
 
2018年12月22日。
私は、ライターズ倶楽部の課題を出来るところまで仕上げて、彼女の勤務地の西新宿へ向かっていた。
東京のクリスマスは華やかだ。
人の数も、街の賑やかさも、イルミネーションの輝きも、田舎とはまるで違う。大雪もあんまり降らない。
ホテルのロビーへ一人で足を踏み入れると、いっぱしのビジネスウーマンになったような気がするから不思議。私は、すこしすました気分でフロントへ向かう。
フロントの向こう側に、見慣れた顔を認める。
金色に輝く彼女のネームプレートには、こうある。
「副支配人 河本」
他の客に紛れて近寄った私に、ユリコは大げさに言う。
「チェックインでよろしいですか?」
私は笑って受け流して、それから言う。
「飲もう」
「うん、飲もう」
 
点と線で繋がった過去と現在があり、それは恐らくこれからも未来へと続いてゆく。さて、来年はどんな年になるのか。
ただ、何があってもきっと大丈夫だと、そう思い続けられる私たちがあるといい。山と谷だらけの人生を、一人で戦わなくてはならない局面や、その戦いに破れた時、当たり前に励ましあえる私たちがあるといい。
ずっとずっと、どちらかの世界が閉じるまで。
 
 
メリークリスマス、ユリコ。

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2018-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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