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携帯電話を忘れて気付いたビジネスの質を高める視点とは?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:黒崎英臣(ライティング・ゼミ朝コース)
 
「無い無い無い無い……」
 
僕は必死にカバンの中身をひっくり返している。どこを探しても携帯電話が見つからない。気が焦る。記憶を辿ってみる。最後に使ったのはどこだ? いや、今日は外出してからは使っていない。だとすると、カバンに入れるのを忘れたんだ。それが分かった瞬間、僕の顔から血の気が失せた。なぜなら、あと1時間ほどで出国するからだ。
 
ここはシンガポールの空港。しかも、出国手続きを終え、日本に帰るフライトの搭乗口ロビーだ。僕はそこで携帯電話を宿泊していたホテルに置き忘れたことに気が付いたのだ。
 
どうしよう……
 
不安が僕の中を駆け巡る。携帯電話がないと日本に帰国して仕事ができない。ホテルから日本に空輸してもらうにしても、いつになるか分からない。とりあえず、もう一度カバンの中を探してみるが、やはりない。ホテルに戻る時間もない。出国手続きを既にしているため、ホテルに戻ると、また手続きが必要になる。どうしたらいい? とにかく、不安ばかり抱えていても何も解決がしないから、ホテルに電話をかけることにした。しかしだ。もうお金は使わないと思ったので、シンガポールドルも10ドルも残っていない。しかも、英語が苦手だ。公衆電話の料金がいくらか分からないが、10ドルで解決ができるのだろうか? そんなことも考えながら、ひとまず宿泊していたホテルに電話をした。
 
 
「ハロー」
 
ホテルのフロントに繋がった。僕は緊張しながら、片言の英語で宿泊していた部屋に携帯電話を忘れたことを伝えた。するとだ。急に電話が切れた。お金が足りなくなったわけではない。いたずらだと思われたのか、意図的に切られたような感じだった。悲しい気持ちになりつつも、再度ホテルに電話をかける。
 
「ハロー」
 
ホテルに繋がった。先ほどとは、ちがう人のようだ。僕は同じことを説明することに苛立ちを覚えながら、部屋に携帯電話を忘れたことを伝える。すると、
 
「ジャスト・ア・モーメント」
 
保留になった。恐らくルームキーパーの人たちに確認しているのだろう。「携帯あるかなぁ。これでなかったらどうしよう……」そんな心配をしながら保留が解除されるのを待った。が、電話がまた切れた。
 
意味が分からない。保留を解除しようとして切れたのかもしれないが、出国時間が刻々と迫っている。全て僕の責任なのだが、やはり焦る。いよいよお金も無くなってきたが、三度目の正直、僕はホテルに電話をかけた。
 
「ハロー」
 
ホテルに繋がった。どうやら先ほど電話対応してくれた方みたいだ。軽く事情を話したら、すぐに理解してくれて、携帯電話が見つかったと教えてくれた。良かった。これでまずは安心だ。ホテルの担当者は、僕に居場所を尋ねる。タクシー代を負担してくれれば、居場所まで持ってきてくれるというのだ。それは嬉しい! しかしだ、ここは空港の搭乗ゲートの前。フライトまで30分しかない。そして、ホテルから空港まで車で20分ほどかかるのだ。届けてもらったはいいが、離陸している可能性がある。タクシーを待って飛行機を見送るか、飛行機に乗ってタクシーに無駄足を踏ませるか。その2択が頭をよぎった。でも今は、そこで悩んでいる場合ではない。ホテル担当者に、僕が空港の搭乗口の前にいること、フライトまで時間がないことを伝えた。するとだ。
 
「OK! すぐに届けるから、待っていて」
 
と言ってくれた。嬉しい! こんなに嬉しいことはあるだろうか。不安は拭えていない。が、その一言で安心感が一気に広がっていった。
 
 
それから僕は、搭乗ゲートのベンチに座り、携帯電話が届くのを待ち続けた。タクシーの運転手が空港に携帯電話を届けてくれる。そこからどうやって、搭乗ゲートまで持ってくるのか見当もつかない。ここは国内線ではなく国際線のゲートなのだ。しかし、僕にできることは信じて待つことだけだ。タクシーの運転手に支払うお金は、一緒にいた友人の残りのシンガポールドルを貸してもらった。これ以上、シンガポールドルはもうない。搭乗ゲート前でカードが使えるわけもないし、日本円を換金もできない。タクシー料金が手元にある15ドルを超えたら、もう平謝りするしかない。とにかく僕は待ち続けた。とその時、飛行機への搭乗案内のアナウンスが流れた。
 
 
アナウンスに従って、乗客が続々と飛行機に乗り込んでいく。僕はまだ乗れない。友人も横で待っていてくれている。そして、ついに搭乗していないのは僕たちだけになった。さぁ、どうしようか? 乗るか? それとも待つか? いよいよ決めなければいけない、と考えていた時、空港職員が話しかけてきた。
 
「君たちは乗客じゃないのか?」
 
僕は空港職員に事情を伝えた。すると、無線で誰かと話している。どうやら、タクシーの到着を待ってくれるみたいだ。僕は、心が熱くなった。職員の指示で、友人だけ先に飛行機に乗り込む。僕は職員と一緒に搭乗ゲート前で携帯電話を待つ。すると、無線が入る。
 
「いま、タクシーが到着したみたいだよ。もう少し待っててね」
 
空港職員は僕に優しく微笑み、現状を知らせてくれた。僕は「サンキュー」とお礼を言い、携帯電話の到着を待つ。心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。無理かもしれないと思っていたことが、現実のものとなるのだ。すると、廊下の向こうのほうから、すごい勢いで近寄ってくる男の人を見つけた。動く歩道の上を移動しているため、その速度は異様に速い。掲げられた右手には携帯電話が握りしめられ、笑顔で近づいてくる空港職員。あっという間に僕の前に到着し、笑顔で携帯電話を渡してくれた。ありがとう、と僕は笑顔で携帯電話を受け取った。
 
 
その後、約束通りタクシー代を払う。その額14ドル。ギリギリだ。僕は15ドル渡し、職員に促され、ようやく飛行機に乗り込む。とその瞬間、飛行機のドアが閉じられた。本当に僕の携帯電話を待っていてくれたのだ。僕の不注意で多くの人に迷惑をかけてしまった。しかし、多くの人の優しさのおかげで忘れた携帯電話を手にすることができた。本当にありがとう。それしかなかった。携帯電話を握りしめながら僕はただただ感謝した。携帯電話を無くしたと気づいてから、わずか1時間ほどの出来事だった。
 
 
それから7年後、僕は再びシンガポールの地に降りた。もちろん宿泊先は、携帯電話を空港まで届けてくれたホテル メルキュールだ。この7年間にシンガポールは大きく発展した。豪華なホテルが建造され、ホテルの上に船があるマリーナ・ベイ・サンズも出来た。しかし、どれだけ素晴らしいホテルができようと、僕のシンガポールのホテルは決まっている。もし違うホテルに泊まるとしたら、予約が一杯か、ホテルの倒産した場合だ。ラッフルズやマリーナ・ベイ・サンズ、リッツカールトンなどに興味がないわけではない。が、僕の忠誠心はメルキュールにあるのだ。ちょっとやそっとでは、忠誠心が揺らぐことはないし、他のホテルに乗り換えることもない。僕にとってシンガポールのホテルは、メルキュールなのだ。
 
この出来事で分かったことがある。それは、ビジネスは受付の質で決まる、ということ。受付の質で、お客様をどのように扱っているのかがよくわかる。結局のところ、ビジネスは『人』。その『人』が最も現れるのが、受付なのだ。受付の質が高ければ満足度が高く、リピーターにもなるのだ。見た目の豪華さや華やかさにお金をかけずとも、受付に魅力があれば、お客様を熱狂的なファンにすることができる。この出来事で、ビジネスの質を高める大切な視点を教えてもらった。僕は、セミナーやイベントを開催しているが、やはり受付の質が高いと満足度は高くなり、参加者に笑顔で帰宅してもらえるのだ。ビジネスは、受付の質で決まる。これからも意識して、お客様を笑顔にしていきたいと思う。
 
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2018-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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