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「女の人生はすごろくではない」

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:澄田凛子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
23歳の冬、今の夫と結婚式を挙げた。
「えらく早い結婚だね」と周囲は言った。
「同期で一番乗りだね」と言った友人も居た。
 
あれから三年が経った。
私たち夫婦には、まだ子どもが居ない。
正確には「今、子作りをしない」という選択をしている。
 
理由は「あと少し待てば、万事整う」からだ。
 
夫は、社会人から大学院に舞い戻った。
我が家は大学院生の夫と、サラリーマンである私の二人で構成されている。だから、主たる家計は私が支えねばならない。
今、子どもを作ると、家庭としての収入が減ってしまうとか、そんな理由で、夫婦合意の上で子作りに「待った」をかけている。
 
もちろん、生命を前にして「お金がないから」「忙しいから」という理由を並べ立てるのは、失礼だと思っている。
それでも、経済的にも生活的にもゆとりある状態で子どもを迎えたいという、私たちなりのケジメのつもりだ。
 
いや、ケジメをつけているつもりでも、メスとしての自分は、全く納得していないのかもしれない。
 
友人から妊娠出産報告を受けると「あなたには稼いでくれる男が居て、よかったね」と嫌味の一つでも刺してやりたくなる自分だって、どこかに確かに居るからだ。
 
だから「子どもが産まれました。遊びにきてね」と、赤ん坊の写真付きのラインを受け取ると、戸惑ってしまう。
赤ん坊は可愛いけれど、それだけじゃない。
様々な感情が押し寄せてきて、混乱する。
深呼吸して、感情の波を鎮めて「おめでとう」と5文字打ち込み、送る。
それだけではそっけないから、ブタが小躍りしているスタンプを選んで、押す。
今回も、ちゃんとお祝いできている自分は演出できただろうか。
 
他人の幸せを素直に喜べない、自分の心の醜さを思い知る瞬間。
 
ゼクシィですら「結婚しなくても幸せになれる現代で」と謳っているのに、それでも誰かの先行く幸せに、置いてきぼりにされたような感覚。
 
女の人生は、時に「すごろく」のように見えてしまうことがある。
 
結婚や出産というライフイベントを迎え入れるかどうかは、本人の選択次第で、ゴールもルートも異なるものだ。すごろくとは本質的に異なるはずだ。
しかし、いざ他人の幸せを目にした時、友人が自分より先を行く駒のように見えることがある。
「もしあの時、あの場所で、違う選択をしていたら、私だって同じようなマスに進めていたかもしれない」なんて妄想する。
本当は、そのコマに追い付く必要なんてないはずなのに「今、私はどうして、このマスに居るのだろう」と虚しくなる。
 
23歳の冬、20年以上の付き合いになる幼馴染が結婚式に来なかった。
理由は、今もよく分からないままだ。
 
式を挙げてからしばらく経って、彼女の母から「お祝いのメッセージも考えてはいるようだけど、なかなか言えてないみたいで、ごめんね」と言葉をかけられた。
その言葉が本人からではなくて、母親越しに伝えられたことが、切なかった。
それ以降は、どことなくぎこちない関係になってしまって、もう何年も会えていない。
 
「お互いの結婚式は、もう親族みたいな感じで、スピーチしちゃうよね!」
女子高生の頃は、そう笑い合っていた。お互いの晴れの日を楽しみにしていたはずだった。
しかし、いざ迎えてみると、そのことは彼女の中で複雑な心境だったのかもしれない。
あの日、彼女の中で「前のマスに止まるコマ」として、私は存在していたのかもしれない。
 
それが真かどうかを確認することはもうできないが、もし今の私と同じように悩んでいたなら、それは申し訳なさ半分、救い半分だ。
 
今、私に子どもが居ないことも、子どもを産む選択をしていないことも、私が家計を支えるサラリーマンであることも、自分の決断の積み重ねの結果である。
 
夫が大学院に進学すると決めた時に、子どもを作る年齢まで計画を組み、覚悟を持って後押ししたはずだった。それでも、いざ現実を目の前にしたら、自分だって早く生物として地球に残したくなってしまっている、今。
 
「他人の幸せを喜べない自分を醜いと思ってしまうことに、疲れてきました」
 
師走の夜を走る車の中で、ある人に打ち明けたことがある。
その人は、もう子どもを4人産んでいるような母親だった。血縁関係もない、自分よりも10歳ほど年上の先輩。そんなことを言うのは憚られる気がしたが、「あなたは醜くないよ」と言ってほしくて仕方なくて、ついこぼれた言葉だった。
 
「全部の感情はあっていいし、それを味わうこと全てが、人間らしくなるプロセスじゃないかな。だから、自分の感情に醜いも美しいも、本当は何もないよ」
 
あの夜、夜道をまっすぐ見ながら、ハンドルを握って、先輩はそう答えた。
他人を目の前にして初めて、本能が叫ぶようにできているのかもしれない。自分より先に行くように見えてしまう他人は、本能を刺激しがちだ。むきだしの感情に自分自身が驚いたりしてしまう。でもそれはけして、覆い隠して恥ずべきものなんかではなかった。
 
「結婚しなくても幸せになれる現代」を生きる女の人生は、ジャングルのようだ。
 
結婚や出産が幸せを意味するわけではなくなった今、「すごろく」のように人生を単純化して見たくなる自分だって居る。むきだしの感情は、自分の人生にヒントを与える方位磁石のようなものだと思えば、きっと上手に付き合っていけるだろう。
 
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。 http://tenro-in.com/zemi/66768

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2019-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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