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メディアグランプリ

方言で電話をする大人に憧れていた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:鈴木萌里(チーム天狼院)

大学生のうちに年末年始に帰省するのは、今回が最後だった。
年末は実家でゴロゴロ、年始は初売りに出かける、というのが毎年の恒例行事だった。
それにしても。
聞いてほしい。
故郷の福岡では初売りセールの勢いがすさまじいのだ。
これは経験しないと伝わらないことを承知で書くが、福岡一の繁華街、天神の地下街には洋服から雑貨まで、様々な店が立ち並んでいるため、福岡の女性はこの地下街で買い物を済ませる、という人が多い。
一つ一つの店自体はそれほど大きくないため、年始の初売りの日は、溢れんばかりの人が押し合いへし合い、セール品を狙って争っている。
「なんでわざわざそんな大変な日に……」という質問は受け付けない。
だって、とにかく安いのだ!
これからの季節でも着られるような可愛らしい冬服が50%~70%も割引になっている。
下宿生活をしてただでさえお金がない自分にとっては、格好の買い物舞台!
ということで、今年も福岡で初売りに出かけていた。
人混みをかき分け、気になる服があればさっと手にとって、試着室に入る。
「ふう……」
人の多いブティックの試着室は、ある種のシェルターだ。
人混みで歩き疲れた女性たちが一息ついて、裸になる。いや、もちろん本当に裸になるわけではないが、人混みから逃れた試着室の中で着替えていると、まるで自分だけの王国にいる気分になれる。
気に入った服を着て、リップを塗り直す。人の多い地下街では化粧室だっていつも戦場なんだ。だからここで、リップぐらい塗ったって、罰は当たるまい。
私はこの、自分だけのシェルターの中でたっぷり休んだ後、試着した服を買って再び戦場へと繰り出した。

家に帰ると、母が夕食の準備をしている。
今日は魚フライを作ってくれるらしい。
一人暮らし生活ではフライや天ぷらを作らないため、帰省するたびに母が魚やエビをフライにしてくれた。「失ってから気づく」とはよく言うもので、母の手料理の美味しさやありがたさというのは、やはり食べられなくなってから実感するのだ。毎日何気なく食べていた時は気がつかないのに。

母が白身魚を溶き卵に浸し、卵にコーティングされた魚に薄力粉をまぶそうとした時だった。

ルルルルルルルルル

と、家の固定電話が鳴った。
何の変哲もない着信音。この素朴な音もまた、下宿先では聞こえてこない貴重な“故郷の音”だ。

料理中だった母が急いで手を洗って電話の受話器を取る。
「もしもし……あー、お母さん」
「もしもし」の時点では精一杯よそ行きの高い声を出していた母が、相手の正体を知って普段の声に戻る。どうやら相手は母の母——つまり、私の祖母らしい。
「そうそう〜。え? うん、帰って来とるで」
会話の内容は詳しくは分からないが、おそらく私が帰省して来ているという話をしているのだろう。
「ほんならさ〜昨日は職場の原さんが、……しとるもんで。うん、うん。そやで」
母は祖母にいつもその日あったこと、ほとんど職場での話をする。たぶんきっと、本当に他愛もない話。祖母も暇つぶしに電話をかけてきているのだ。どんな話だって構わないんだろう。それで1時間も2時間も時間が潰れるのだ。まったく。
私は昔から母が祖母と電話をしている間、ひっそりとその声に耳を澄ませるのが好きだった。リビングや自分の部屋で宿題をしながら。ソファにごてっと座ってゲームをしながら。本を読みながら。スパイのごとく。私服警官のノリで。
なぜそうするのかというと、もちろん二人のどうでもいい話を盗み聞きしたいからではない。母の方言が聞きたかったからだ。母は東海地方のとある県の出身だった。父も同じ。だから、私が普段使っている博多弁とは全く違う。はっきり関西弁とも言えないような独特な言葉。緩いイントネーション。聞いている方がどこかほっとするような。だからずっと聞いていたかったのだ。
それが聞けるのは、母が祖母と電話をしている時と、私たち家族が母の実家に遊びに行く時だけだった。
時々私には分からない単語も出てくるけれど、それがまた良かった。結婚してから九州にやって来た母にもちゃんと、故郷があるのだと安心できたから。自分がいちばん自分になれる場所が。働く場所も、出かける場所も人の多い博多の街の中で、裸になってくつろげる試着室があること。母のことであるのに、故郷の言葉で話続ける姿を見てほっとするのもおかしな話だけれど。できればずっと聞いていたかった。1時間でも飽きずにずっと。

でも、特に今年のお正月、こうして母の方言を聞けたことは私にとって特別だった。この春から大阪で社会人生活が始まるからだ。そして現時点で、私は何十年もそこで暮らすことが決まっている。
来年には私も、ばりばりの関西弁を喋っているのだろうか。四年間の大学生活を京都で送った今でさえ、イントネーションは関西弁に半分染まっている。博多弁なんて恥ずかしくてこっちでは喋れない。
方言で電話をする母に憧れていた。
帰る場所がちゃんとあることを思い知らせてくれるから。
忙しい毎日の中でふと、自分に返ることのできる瞬間があると安心させてくれるから。
私もそうなりたい。故郷は自分だけの王国で、都会のブティックの試着室とおんなじだ。
もしも母に電話をするのなら、ぶっきらぼうな方言で話しても、いいかな。

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2019-01-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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