メディアグランプリ

やりたい仕事なんてない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小林範之(ライティング・土曜コース)

やりたいことを仕事にしている人は幸せだと思う。

今の仕事は、ずっとやりたいと思っていた仕事かと聞いたら、たいていの人はそうではないと答えるのではなかろうか。少なくとも私は、「やりたい仕事」を持ったことがない。

「大人になったら何になりたい?」ということは小さい時から聞かれる。私にとって、そう聞かれることは、本当に苦痛だった。

そのつらい最初の経験は、幼稚園の時だった。「将来なりたい仕事を絵で描きましょう」というのがお題であった。何にもなることを決めていなかった私は、悩んだ挙句、たまたま心に浮かんだ電車の絵を描いた。踏切を通過している電車の絵だ。視点は歩行者にある。そして、「将来、電車の運転士になりたい」と嘘をついた。果たして、この嘘を見抜けた大人はいただろうか。電車の運転士になりたかったら、通常は運転室から見た風景を描くはずである。正面に線路があり、両サイドは建物が並ぶ。建物を描くのが面倒なら、森林の間を通過していることにすればよい。そうすれば両サイドの色は2色で済む。いや、鉄橋の上なら、下は川の色、水色の一色で手間が省ける。黒一色にして、星をちりばめ、「銀河鉄道」などと言ったら、大人が喜ばないわけがない。それでも横からの絵にした。「今ここで、自分の将来を決めなさい」と言わんばかりに、大人になるまでの豊かな時間を奪い去ろうとした大人たちへの精一杯の反抗であった。

少年時代はあっという間に過ぎて大学生になった。一浪した挙句、滑り止めの大学にしか受からなかった私は、人生の春を謳歌する周囲とは裏腹に、絶望とともに大学生活をスタートさせた。大学2年の時にバブルがはじけたので、入学した時は、バブル経済は最高潮を迎えたころだった。クラブ、ナンパ、怪しいバイト、とにかく人生がつまらなくてしょうがない私にとって、周りは何もかも狂っているように映った。

私は、サークルの先輩の紹介でデパートの配達のバイトを始めた。宅配時、配達員が嫌がるものの一つが缶ビールの箱だ。2つ、3つ重ねると、とにかく重い。特にエレベーターのない4階建てなどのマンションの4階などは相当つらい。台車が使えないオフィスビルも誰も好んで行きたがらない。そのため、ビール箱の配送が集中するお中元や、お歳暮の時期は、一番若く体力もある私がオフィス街担当になった。私は、大きな会社から小さな会社まで、ありとあらゆる会社を見て回る機会を得た。

しかし、そこでも、失望しか体験できなかった。オフィスの中は、ガヤガヤと活気があった。しかし、会話に耳を澄ますと、ゴルフなど趣味の話題ばかりで、仕事に関するものはほとんどなかった。OLのお尻を触ることにしか「人生の望み」がないようなおじさんに出会った時はショックだった。そんな中で、一人デスクに向かってもくもくと手を動かすビジネスマンを見つけた時は、泥の中に浮かぶ一輪の蓮の花を見たようで救われた気分がした。すっと後ろに回わり、パソコンの画面を覗きこんだが、熱中していたのはコンピュータゲームと知って、気を失いかけた。オフィスはプレイランドというか、まるで動物園のようであった。外から観察する分はいいが、中にいて同じ空気を吸う気にはなれなかった。

友人の多くは、一部上場企業を目指したが、関心を持てなかった。就きたい職業はなく、やりたい仕事もなかった。オフィスでは働きたくないと思い、趣味であった音楽の、ギターの修理をして、その駄賃で暮らしていければよいと思った。

そんな私だから、自分を押し殺すことなく、就きたい職業について、やりたい仕事をしている人は尊敬する。

日本では子どもの時から、「将来なりたい仕事は?」と問われ続ける。やりたい仕事がないと、そのたび、嫌な思いをする。「やりたい仕事」があるのは当然で、なければ、その場で負け組の烙印を押されかねない。それが嫌だから、自分のやりたい仕事は何かと探し始める。こうして「天職」探しの旅が始まる。

「天職」に巡り合うのは大変だ。活かされるべき自分の才能や、本来のやりたかったことを重視すると、何回か仕事を変えることになる。すると、一回の就業期間の短さなどが嫌われて、就業条件はどんどん悪くなっていく。もういいんじゃないかと妥協したら、「天職」の存在すら忘れてしまう。

その一方で、自分で「天職」を作ることのできる人がいる。「置かれた場所で咲きなさい」という渡辺和子さんが書かれた本がある。この本のタイトルのように、与えられた環境で努力し、そこで自らの才能を開花させる人もいる。

自分の才能を活かせる環境を求め、やりたい仕事を探すのも一つの生き方だが、今の仕事、今の環境を愛し、今できる精一杯のことをやり続けるのもまた一つの生き方だ。

運転席に立たなかった私にとって、「今の仕事が天職」と言う人に対しては、畏敬の念とともに、特別な感情を持ってしまう。「やりたい仕事」と出会うことは、「自由」という名の冒険が終わることではない。そのことを、身をもって教えてもらっている気がするからだ。

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2019-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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