メディアグランプリ

銀座のお姉さんのいるお店


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:綿貫晶子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
そのお店は銀座にある。様々な業種の店舗がはいる商業ビル。正面入り口を入ってすぐのやや細いエスカレーターで6階まで上がる。そのフロア全部がそのお店だ。天井や壁は白を基調としており、照明はまぶしいほど。キラキラと光る装飾品が数多く置かれている。お店に入ると、キレイなお姉さんが「いらっしゃいませ」と笑顔で迎えてくれる。
 
彼がそのお店に行くようになったのは、昨年の冬を迎える少し前だった。そのお店の存在はもっと前から知っていた。でも、銀座である。銀座のその手のお店に行くのは、彼にとって少しハードルが高かった。彼は、その手のお店が他にもたくさんあることも知っていたので、まずは自宅のそばにあるお店に行ってみた。次に、新宿にあるお店に行ってみた。いずれも満足できなかった。「違う、ここではない」彼はそう感じていた。
 
そもそもその手のお店に行くようになったのは、妻の影響であった。妻の趣味につきあうような形であったため、最初の頃はその手のお店に行くときはいつも妻が一緒だった。お店のお姉さんと親しげに話す妻。彼にはそれができなかった。初対面のお姉さんとにこやかに会話するなんて……。妻と一緒にその手のお店に行っても、彼はお店のお姉さんと話すことはなかった。
 
銀座のお店に初めて足を踏み入れた時も、妻が一緒だった。笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えてくれる銀座のお店のお姉さんたち。妻はいつも通り、にこやかに話している。「自分もああいう風になる必要がある」彼はそう感じていた。そうならないと、欲しいものが手に入らないことに彼は気づき始めていた。この頃には、その手のお店に行くことが「妻の趣味につきあう」ではなく「彼の趣味」となっていたからだ。それまでは他人事だった。しかし今や、これは自分事となったのだ。
 
「あの……。このパーツ、どこにありますか?」
 
妻は、通っている着付教室のクラスメートから、帯留や根付けなどの和装小物は簡単に作れる、という情報を仕入れていた。着物を着る度に髪をアップにするのが面倒くさい、という理由で、着物を着るようになってから髪を切った妻は、「もうこういうものを使うほど髪を伸ばすことはない」と、様々な髪飾りを処分しようとしていた。そのとき、バレッタやヘアゴムについていた飾りを、和装小物に改造しようと思いついたらしい。土曜の夕方、食材の買い出しのついでに、近所のショッピングモールにあるパーツショップに、キラキラする髪飾りを帯留にするための金具を買いに行くのに付き合った。
 
妻はヘアゴムについていた飾りをゴムから外し、買ってきた帯留用の金具を彼に差し出し「この飾りをこの金具につけて」と指示するだけだった。アクセサリー作りの知識なんて皆無だった彼は、ただ、ボンドで飾りと金具をくっつけた。それだけのことだったが、ちょっとおもしろかった。そして、妻にものすごく感謝された。
 
ある日、妻の着付教室から届いていたダイレクトメールをふと見てみると、和装小物の製作体験の案内があった。描かれていたのは、水引き。祝儀袋についている赤と白の細い紐だ。赤と白だけでなく、いろんな色があるらしい。その細い紐を編んで、色々な形を表すことが出来るらしい。手先が器用だった彼は、「やってみようかな」と思った。
 
彼がコレにハマってくれたら、いろんな小物を作ってもらえるのではないか? と妻が思ったどうかはわからない。でも、彼が水引きの紐を何種類か買ってきたとき、妻は初心者向けの水引細工の本を買って、彼に渡した。
 
もし、妻がこのように思ってこの本を彼に買い与えたのだとしたら、それは成功したと言える。なぜなら彼は、あっという間に様々な結び方をマスターし、いくつもの和装小物を作り、妻を喜ばせたからだ。
 
彼は、アクセサリー作り全般にハマっていった。水引きだけでなく、レジンという樹脂の中にキラキラした小さな石を仕込んだ帯留。ストールを止めるブローチ。コットンパールのピアス。メガネをぶら下げる組紐のグラスコード。妻がそれを身に着けて出掛けると、妻の友人や妻の母からオーダーが入るようになった。作ると喜ばれる。喜ばれると嬉しくなる。次はどんなものを作ろうか、どんなものが作れるのか、ネットを巡回する。また作る。どんどん腕を上げる。それに比例してアクセサリーを作るための道具もどんどん増えていく。小さなパーツをつかむためのペンチ。細々した金具を保管するためのプラスチックのケース。色を付けるのに使えるかもしれないと買ってみたマニキュア。自宅リビングにある本棚の一角が、アクセサリー作りのための様々な道具や金具の置き場所となった。休みの日のダイニングテーブルには、それらの道具が広げられる。まるでアクセサリー工房のようなありさまだ。
 
アクセサリーパーツのお店には1人で行くことが多くなった。自宅近くのお店は品揃えがイマイチだ。新宿のお店は狭くて買い物がしづらい。浅草橋には大手のパーツショップがいくつかあるが、規模が大き過ぎる。銀座のお店が、1番いい。お姉さんたちはみな親切だ。欲しいパーツの在り処を教えてくれるだけでなく、アクセサリーの作り方の相談にも乗ってくれる。
 
彼は今、銀座にあるそのお店を「パラダイス」と呼ぶ。一人でそのお店に行くとき、彼は「銀座のお姉さんのお店で遊んでくる」と言って出かける。妻はもう自分で何かを作ろうとはしなくなった。彼に頼んだ方が、いいものが早く出来上がってくるからだ。「次は何を作ってくれるのかな」妻は出掛ける彼の姿を愛おしそうに見送った。
 
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2019-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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