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メディアグランプリ

本気になんて、ならなければよかった。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小原正裕(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
この絶望感、前にも感じたことがある。
 
深い穴の底に叩き落されるような感じを覚えたのは、つい3日ほど前のこと。
辻村深月先生の「家族シアター」を読んでいた時のことだった。
といっても、この本自体が絶望感を感じる内容という訳ではない。
むしろその真逆、ささやかながらも心に暖かい余韻を残す、とっても素敵な短編集だ。
 
読む人の心を暖かくさせる作品が、なぜ僕に絶望感をもたらしたのか。
 
それは、僕が小説家を目指しているからに他ならない。
小説家になるということ、プロとして文章で食べていくということは、このレベルであることなのか、と改めて実感させられたのだ。
もちろん、今までだって簡単なことだとは思っていなかった。
でも、昔からの夢だった小説家を本格的に意識し出したのはここ数ヶ月。
「この文章と同じレベルのものを、自分が書けるのか」そんな目線でプロの文章と向き合いだしてから、まだ日は浅い。
「鈍器で殴られたような衝撃」なんて言葉は、この感覚のためにあるんだろう。
 
でもこの感覚、初めてじゃない。
 
思い出したのは、高校3年生の時。大学受験のための、受験勉強をしていた頃のことだったと思う。
どれだけ勉強をしても、志望校が近づいた感じがしないのだ。
模擬試験の成績だって伸びないし、志望校の合格率は良くてもD判定。合格する見込みは40%未満、という数字だ。
勉強だって、毎日4時半に起きて1時間、7時前には学校に行ってそこから1時間半。15時に授業が終わった後も、毎日5時間はやっていたはず。
よくそんな体力があったな、と我ながら驚く量だが、それだけやっても手応えは全然なかった。
 
絶望感に苛まれたのは、この時だけじゃなかった。
100kmの道のりを歩いた時もだ。
僕の通っていた大学には、100kmの道のりを2日間かけて歩く、という伝統的なイベントがある。
それに、初めて参加した時のことだ。
確か、2日目のお昼を過ぎたくらいの時だったか。
突然、片方の足が激しく痛み出したのだ。
それまでも違和感があったり疲れたりはしていたものの、動かすのには問題なかった。
そんな状態でかろうじて動かせていた足が、いきなり言うことを聞かなくなったのだ。
もうこれ以上歩けない、帰りたい。
そんな本音を無理やり押し殺して、いつまでも光景の変わらない道を、ただひたすらに歩いたていたような気がする。
足を前に出す。その足が地に着いたら、もう片方の足を前に出す。
そんな簡単なことを繰り返すのがこんなに難しいことだなんて、あの時初めて知った。
先輩からもらった「遠くを見るな。目の前の一歩を歩くことだけを考えろ。」というアドバイスを忠実に実行して、どうにか歩ききったことを思い出す。
大学を目にして泣き出すなんて、後にも先にもあの時だけだったろう。
 
受験勉強、100kmの道のり、そして小説。
どの経験にも、共通することがあるように思う。
目標までの道のりの、ただひたすらに遠いことだ。
しかも、どれだけ歩けばその遠さにたどり着くかも分からない。
本気でたどり着きたいと願えば願うほど、その距離の遠さが実感できる。
いや、できてしまう。
その遠さが実感できても、どれだけ歩けばたどり着くのかがわかるわけじゃない。
 
何かを目指したことがある人なら、例外なく味わったことがある感覚だと思う。
前に進めば進むほど、その絶望は深く深くなっていく。
 
「努力はきっと報われる」なんてよく言うけれど、本当だろうか。そんなことを言えるのは、報われた人だからだと思う。
報われないことの方が、多いと思う。
大学受験は運良く行きたい大学に合格できたし、100km歩いたときだってどうにか歩き切ることはできた。
でも、どっちも結果論だと思ってしまうのだ。
失敗と紙一重のところで、運良くうまく行ったに過ぎない。
うまくいかなかったことや泣く泣く諦めたこと、失敗して恥ずかしい思いをしたことの方が、遥かに多い。
 
だからといって、努力をやめられるのか。
前に進むのをやめた方が、ラクに決まっている。
そんな誘惑に駆られても、その選択肢を取りたいとは思えないのだ。
終わりの見えない闇の中で自分の心を支えてくれるのは自信なのか、報われるかわからなくても前に進みたいと願うほどの、強い憧れなのか。
 
本気になんて、ならなければよかった。
憧れなんて、抱かなければよかった。
 
小説家を目指さなくても、幸せな人生の歩み方はいくらでもあるだろう。
大きな夢を追いかけなくても、小さな幸せを大切にする生き方だって素敵に決まっている。
 
でも、抱いてしまったものは仕方がない。
努力したって叶うかはわからないけど、努力しなければ確実に叶わない。
だったら、「自分はきっとなれる」と言い聞かせて、前に進むしかない。
 
目の前の一歩を、とにかく着実に。
根拠のない自信とちょっとの後悔、それから、どうしようもないほどの憧れを胸に、憧れの向こう側の景色を見に行こう。
 
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。 http://tenro-in.com/zemi/70172

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2019-03-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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