メディアグランプリ

来年はチョコがトイレットペーパーに見えますように


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記事:林美保(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「これ、おみやげ。名古屋限定よ」
久しぶりに地元名古屋の幼馴染とランチ。帰り際にキュートな紙の手下げバックを渡される。赤を基調にした女子力高いブランド。普段は東京にしかないとあって 高島屋のバレンタイン会場では長い行列ができる。彼女はこれを1時間以上並んでゲットしてくれたらしい。人気店の限定品は、開店前から並ばなくては購入できない。
 
JR名古屋高島屋のバレンタインデーの催事アムール・デュ・ショコラは今や名古屋の一大イベントだ。
日経新聞によれば、2019年の売り上げは前年比1割増の27億円。ことしも日本最大の売り上げだったという。
 
最初に私がここを訪れたのは、オープニングの1月18日。朝からテレビ局の実況中継が入って、あちこちでレポーターがインタビューをしていた。
テーマ曲が大音量で流れる会場内。そこら中に立ち並ぶ(最後尾はこちら)の看板。
サインをする名物パティシエ達。あちこちに張られた「申し訳ありません。こちらの商品は完売しました」の札。行列が行列を呼び、もう大変な熱気だ。
 
「いくつ買えばいいの?小さいのは売り切れだって」と、家族に電話している人。
「ここは、有名な店なの?」と店員に聞く人。
試食する人、レジに並ぶ人、大きな紙の手提げを両手に持つ人、通路一杯に溢れかえる人、人、人。
この光景、どこかでみたことがある。行列に並びながら、私はぼんやり考えた。
なんだったっけ……。
「○○は、完売しました! 明日また再入荷します!」店員が叫ぶ。
そうだ。思い出した。オイルショックの時のトイレットペーパーの買いだめ騒動だ。
 
アラフィー以上の世代なら、1970年代に起きたあの騒動は記憶にあるだろう。
原油価格高騰がきっかけで、「紙がなくなる」というニュースやデマが流れ、日本中が大パニック。「今買っておかないとなくなる」と、スーパーには開店前から行列ができた。広告の商品は開店と同時に売り切れ。からっぽになった棚には「お一人様1個まで」と紙が張られていた。家の部屋の隅には買いだめしたトイレットペーパーと段ボール箱。中には砂糖やしょう油、サラダ油、お菓子まではいっていた。母は小学生だった私用に、ジャポニカ学習帳を20冊ぐらい備蓄した。これだけであと何年くらい持つのだろうかと子供心に不安だった。
 
現在の日本では、物はなくなるどころか有り余っている。断捨離という言葉が流行し定着しているほどだ。でも私たちには、なくなるもの、希少なものを求め、それを所有したい欲求があるらしい。今度は限定という言葉に反応するようになった。限定だから限りがある。限りがあるから所有欲をかき立てられる。かくして不足は限定として意図的に仕掛けられるようになった。名古屋限定、バレンタイン限定、限定100個、……。場所、期間、個数。限定はあらゆる形で仕掛けられている。「今買っておかないとなくなる」だ。
 
そして、もう一つ。オイルショックと同じ光景。行列だ。
本来行列することが好きな人はいないはず。でも、人が行列しているのをみると近寄って何の行列か確かめたくなる。そして、行列するほど価値のあるものに違いないと思ってしまう。
しかも行列している人たちは、行列すると決めた瞬間悟りを開く。イライラする様子もなく、ロープに沿って右に左に方向を変えて黙々と進む。まるで巡礼者だ。そして行列して得たものはさらにありがたみが増す。行列必須という言葉があるが、この言葉こそ仕掛けられたことの証で、仕掛け人の願いが込められていると思う。
 
保守的でみんなと同じだと安心する名古屋人。バレンタインの行列は名古屋人にとって安心の指標だ。皆が行く高島屋のバレンタイン会場で、皆が買う人気ブランドのチョコを、皆と一緒に行列して買う。あるいはテレビで紹介していた限定品をゲットする。もちろん私も名古屋人。結局、人気ブランドの名古屋高島屋限定商品を何種類か購入した。その後も数回会場をおとずれ、訪れるたびに人気店のチョコや限定チョコを購入した。夫に購入するチョコは自分も食べる前提だ。
 
トイレットペーパーの買いだめ騒動は、値段上がりした商品が並んで収束した。私のジャポニカ学習帳は、学年が上がって使えなくなり近所の子に流れた。トイレットペーパーも砂糖も生活必需品。買いだめしたものは消費され、日常に戻った。バレンタイン騒動は、2月14日を境に終焉。買うために買ったような私のチョコ菓子達は、渡し渡され消費され、日常に戻った。ただし、バレンタインデーのチョコは生活必需品ではなく嗜好品だ。その嗜好品の購入金額は年々上がり、名古屋の平均購入金額は1万円以上。イベントには財布のひもを積極的に緩める名古屋人気質だ。やたらチョコを配るのはかつての結婚式の菓子撒きのようなものか。
 
翌月のカード引き落としの金額をみて菓子撒きのツケを知る。夫は普通にコンビニで売られているチョコの方が美味いと言った。ああそうだ、去年も思った。
「もう来年はバレンタイン会場には近づかないでおこう」って。
 
でも、私は生粋の名古屋人。きっと又行ってしまうに違いない。神様、お願い。来年はチョコがトイレットペーパーに見えますように。
 
 
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2019-03-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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