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いじめっ子が苛められたときに気づいた苛めの根


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山本ヒロミ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
恥ずかしいことを告白する。
私はいじめっ子だった。いや、というより意地悪な子だった。
その意地悪が苛めにつながっていた。
 
幼稚園の時に住んでいたのは団地の2階だった。
斜め下の1階に同級生の、のりこちゃんがいた。
のりこちゃんは、早生まれで色白で身体は小さくとってもおっとりとした控えめな子だった。私は6月生まれで当時は平均よりも体は大きく、気が強く口喧嘩では決して負けたことのない子だった。
 
あれは12月の寒い日の放課後。
いつもは外遊びで何人もの友達と団地の公園を走り回っていたのに、その日は天気が悪かったのだろうか、なぜかのりこちゃんの家で、二人きりでリカちゃん人形で遊んでいた。
通常であれば、その家のおもちゃなのだから、リカちゃん人形はのりこちゃんが使って、私はリカちゃんのお母さんか、お父さんの人形で遊ばなくてはならないのに、のりこちゃんはあっさりと私にリカちゃん人形を渡してくれた。これは私には考えられない優しさだった。
 
私は図に乗った。
はたしてのりこちゃんはどこまで私の我が儘を聞いてくれるのであろうか? 彼女を試したくなった。
幼い私は、リカちゃんの服だけでなく、リカちゃんのお母さんの服も着せてくれと頼むと、のりこちゃんは
「いいよ」
と1枚ずつ渡してくれたのである。
とうとう最後の1枚までもはぎ取って、お母さん人形が素っ裸になってしまった時、のりこちゃんは目に涙を溜めて
「わーん、ヒロミちゃんが全部取っちゃって、のりこのが何にもなーい」
別室にいたお母さんのもとへ泣きながら走り去ってしまった。
 
そう、私はのりこちゃんがいつになったら
「もう、いや! ダメ!」というのか試したかったのだ。
 
小学校2年生の時にはもっと心の痛い苛めをしてしまった。
今となっては反省しても仕切れない苛めだった。
 
彼女のあだ名はネギ。あだ名には特にいじめの要素はない。
しかし、かわいそうなことに彼女には鼻から唇にかけて不自然な手術後があった。そのため、皆から気持ち悪いと仲間外れにされていた。
幼い私たちは彼女がなんで顔に傷を持っているのかなんて想像もつかなかったが、大人になり、自分が子どもを産むときになって知ったのは、彼女は生まれたときに「唇顎口蓋裂」という、顔が不完全な形成のままで生まれてしまったのであろうということだ。
 
手術痕の残る顔を揶揄されることで、彼女はいつも皆から外れて一人でいることが多く、しかも何を言われても一言も言い返さず、切れ長の一重目で皆をにらんでいた。
なんでも言える私には彼女が何も言い返せないことが理解できない愚か者だった。
 
ある日、私の後ろに座っていたネギの机に私の椅子の後脚を引っかけて、私が椅子を引くたびにネギの机が不自然に前に出てしまう状況を作って彼女を困らせた。
私が椅子を引くたびに彼女の机は列を乱して前に出る。
彼女は机を戻そうと引き寄せる。すると、私の椅子が引っ張られる。
だから私はまた椅子を引く。
これが何度も続いた。無言で。
 
いつ、「やめて」の声が聞こえるのだろうか?
何度か椅子と机の引っ張り合いが続いたあと、パタッと彼女が机を引っ張ることを辞めてしまったのだ。
 
今考えると悲しくなる。いつも揶揄されても苛められても彼女は諦めることで自分を保っていたのだと。幼い私はそんなことに思いも及ばずなんということをしていたのだろう。
当時は今のように「いじめ」という言葉が独り歩きしていなかったが、その当時から集団のいじめは存在していた。
 
いじめには二種類あって1つは目立つグループが特定の一人をあからさまに苛めること。
もう一つはそれらに属さない傍観者が、苛められている子をかばうでもなく、苛めているグループを諭すでもなく、どちらかといえば苛めているグループに同調してしまういじめ。
 
物事をはっきりと言えた私はどちらかと言えば目立つグループ寄りではあったが、実は集団で一人をいじめるのは大嫌いだったことは伝えたい。言い訳に聞こえるかもしれないが、わたしの意地悪の根源は「なんで、NO」といえないの?の追求だった。自分なら簡単に出来る自己表現をなぜ出来ないの? という苛立ちだった。大勢に苛められるのは「NO」と言えないからなのに、私一人の嫌がらせに「NO」と言わせてみたくて意地悪をしてしまった。なぜネギが「NO」と言えない状況なのかを思いやれない私は本当に愚かだった。
 
こんな私が40を過ぎて再就職をした職場でまさかのいじめにあったのだ。
 
夫の事業が失敗に終わり、我が家の収入源が無くなった。
すぐに生活に困るわけではなかったが、まだ小学生を筆頭に3人も子供を抱えている。夫は事業処理ですぐに働けない。私がすぐにでも再就職をしなければという危機感で一杯だった。
 
折り悪く時はリーマンショック直後。履歴書を何通も送ってもなかなかいい条件の職場は見つからない。
やっと通信、通販会社に正社員で採用されたときは正直、何があってもこの会社で頑張ろうと意気込んでいた。会社の歴史は浅く、長く勤めているのは私より少し上の世代で週3日勤務の女性だけで、あとの若い正社員は入れ替わりが激しく、新入社員を決して快く迎えてくれはしなかった。
「どうせ、すぐやめるんじゃないの?」
が前提だから、どこか冷たい。
 
だが、その冷たさは実は私が結婚していて子どもが3人もいるのに正社員で働いていることに嫉妬した先輩社員のいじめだった。私にとっては生活のために必死だったのに、結婚をしない人、子供を持てない人にとってはそれが苛めの対象になるなんて思ってもみなかった。
 
仕事で困った時に誰も助けてくれない。
お昼ご飯には誰にも誘われないし声もかけられない。(他の人は連れ立ってご飯に行く)
新人でも正社員なのだからとわからない仕事を押し付けられる。
 
当時傍観者だった同僚が、後に
「よく辞めなかったね」
というくらいだから、あからさまな苛めだったのだろう。
 
いじめっ子だった私が年を取ってからの、まさかのいじめに対面して改めて感じたことは
自分と違った者を認めたくない集団心理がいじめを増殖させているのだということだ。
 
人はそれぞれ違うことが前提なのに、自分には受け入れられない違いが一致したとき、人は集団でその人を排除しようとする。特定の人を排除したいという欲望が一致したときの集団心理ほど怖いことはない。周りの傍観者たちはおいそれと排除されている人に近寄れなくなる。
 
いじめは人間の弱さを攻撃の形に変えた姿にすぎない。
苛めている人間の弱さの本質を第三者が上手く導き出してくれたら、もっと早く解決につながることだろう。
 
私が苦しいいじめにあっていた時に偶然にもあのネギとSNSのmixiで繋がることが出来た。あんなに苛められていたネギは、自ら小学校のグループトークに参加しに来てくれ、結婚していること、子供もいることを皆に報告してくれた。
彼女の報告がとても嬉しかった。と同時に彼女は決して弱くはなく、むしろ私よりずっと強かったのかもしれないと彼女の切れ長の目を思い浮かべた。
 
 
 
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2019-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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