メディアグランプリ

許し


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:江原あんず(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
「許すより、許さない人生のほうが辛いのよ」
小学校の総合の時間でお話を聞いた、戦争を体験したおばあさんが言っていた言葉を、私は子供ながらに忘れることができなかった。
「心にいっぱい刻み込まれたひどい景色は、刺し傷みたいに残っていて、大人になった今でも、癒えない箇所があるのよ。全てを許すことができたらいいなって思う自分もいるのだけれど、どう頑張っても、やっぱりまだ許せないね。あと、何回泣いたら、この黒い気持ちはきれいになるかな。死ぬ前には、まっさらになれるかな」
そう話す彼女の、よく日に焼けた頰を、小粒のダイアモンドみたいな涙がすーっとつたった。
 
「理科では、何も入っていない透明な水にインクをぽたっとたらすと、もう1度クリアな水に戻るまで、何十杯もの水が必要だと習いました。同じように、戦争が残した黒い気持ちも、きれいにするには何十粒もの涙が必要なのかな」
小学生の私は、当時のノートにそう記していた。
 
それから数年が経ち、ティーンエイジャーになった私は、ある英語圏に留学をした。
そして、少しでも地域の人との文化交流につながればいいなぁと思って、受け入れ先のホストファミリーが通う教会の一室で、週末の折り紙教室を開いていた。
当時、その地域にはあまり日本人が住んでいなかったから、私の折り紙教室は地味に人気となった。
 
時間になると、下は3歳、上は12歳くらいまでの子どもたちが、わらわらと集まってくる。そして、教室に入るなり、私が持ってきた正方形のカラフルな紙を眺め、うーんどれにしようかな、などと言って、時には取り合いのけんかをしたり、じゃんけんをしたりしながら、好きな1枚の色を選ぶのだった。
外国の小さな子どもたちにとって、紙をぴたりと折る作業は、神経を使うし、難しい。だから最初の頃は、「もうできないー!」と、投げ出した子どもたちが作ったコロコロボール(ただ折り紙をくしゃくしゃに丸めただけ)が床にたくさん転がっていた。でも、子どもたちはスポンジみたいに吸収が早くて、回を重ねるごとにみんな上手になっていった。そして、コップ、お花、ぱっくんちょ、カエル、つる……、毎週いろんなものを作って、迎えにきた両親を驚かせていたのだった。
 
任意の折り紙教室だったから、必ずしも毎週、全員が参加しているわけではない中、ただ1人、皆勤賞の子がいた。それは4歳のマークという少年で、映画ホームアローンの子役、マコーレー・カルキンみたいな愛嬌のある顔をしていた。いつも教室に来るのは1番か2番のりで、好きな折り紙を1枚選び、自分の席にお行儀よく座ると、「いつ始まるの? 早くやろうよ!」と言っていた。
 
それは、手裏剣を教えた日だった。手裏剣を気に入った子どもたちはいつも以上にハイテンションになり、「見て! Ninja starを作ったよ!」と、迎えに来た親たちに見せびらかしていた。
私はその様子を微笑ましく横目で見ながら、片付けをしていると、白髪の男性が私に近づいて来て言った。
「マークの祖父です」
 
「あぁ……! マークのおじいさまなんですね。マークはいつも熱心に教室に来てくれる、とても教えがいのある子です」
私は作業をしていた手をとめて、そう言った。
 
「あの子、あなたの折り紙教室が本当に好きなんです。なにせ、最近、家ではほとんどあなたの話をしているんですから。大人になったら日本に行く、と言っています。大人って何歳? って尋ねると、6歳、とのこと」
おじいさんはやれやれ、と笑い、私もつられて笑った。
 
それから少し間をおき、おじいさんは切り出した。
「実はね、私の亡くなった父は、日本と戦争をした世代なんです。私は父から、いつもひどい戦争の話を聞いていたものですから、許せない、そう思って生きてきました。でも、孫があなたと折り紙をするのを見て、思ったんです。あ、そろそろ許すときがきたのかな、って」
 
私はなんと言っていいかわからず、おじいさんを見上げた。その顔には、長く人生を生きた人だけが持っている特有の穏やかさと、深く刻まれたシワの重みがあった。
 
「本当は最初、孫があなたの折り紙教室に通い始めたと聞いたとき、私は反対していました。でも、4歳のまだ真っ白なあの子が、毎回、あなたと楽しそうに折り紙を折る姿を見て、反省したんです。あぁ、黒い感情は、私の代までで終わりでいいなって。本当は、許すより、許さない人生を送る方がもっと苦しくて、悲しいんです。それをよく知っているはずなのに、どうして、今まで手放せなかったのだろう」
 
おじいさんはすっと手を差し出して、私に握手を求めた。
「この、ずっと消えなかった黒い気持ちが、今、すっと溶けて行くような気がしているのは、あなたと孫のおかげだ。ありがとう」
差し出された手を握ると、とても暖かく、ドクドクと血が流れる気配を感じ、それは先祖様の許しのようにも思えた。
 
 
 
 
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2019-04-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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