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アジアタンゴ選手権~舞台に立つということ~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:タンツ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「アジアタンゴ選手権、受けてみませんか?」
そう誘われたのは、今年の1月になってからの事だった。
しっとりしたタンゴのレッスン後に、そのお洒落なタンゴサロンの常連で誰もが知っている男性T氏から、ジャズバーに連れて行ってもらった。
そこで、ブラジル気分を満喫できるボサノバにうっとりしながら、今年は色んなことに挑戦して行きたいという事を意気込んで話していると、この話になったのだった。
 
しかしアジアタンゴ選手権は、タンゴ世界選手権のアジア予選というものだ。プロが本気で、各部門に挑んで来る。
 
かたや私は、タンゴを始めて2年になるかならないかのひよっ子だ。
レッスンにすらコンスタントに通っていない時期もある私が、選手権……?
 
「誘う相手間違ってません? 私、初心者ですよ?」
「そんなに練習は必要ないよ。プライベートレッスンに出たら、そこで教えてもらえるから」
プライベートレッスンとは、1組だけで1人の先生にレッスンを受ける事だ。日頃のグループレッスンより4倍以上の値段がする。
 
「そんな! プライベートなんて習う余裕もないですし」
「お金は気にしないで! 時間があるかどうかがポイントだよ」
私のグラスを動かしかけていた手が、ふと止まった。
プライベートレッスンに、便乗させてもらえる?
教えて下さる先生は、世界選手権の上位入賞者だ。こんな機会が、そうそうあるだろうか?
「時間はあります。それなら、受けてみたいです」
頭で考える前に、私はそう言っていた。
 
2月中旬から話が本格化し、選手権にむけて、アルゼンチン人の先生のプライベートレッスンを受ける事になった。
 
そこからは、色々な発見の連続だった。
まず、趣味であっても基礎は大切だということ。
バレエなどで、お稽古というものを経験していた割に、基礎の大切さをすっかり忘れ、雰囲気によって適当に踊っていた事に気付かせてもらえた。
軸の乗り方や歩き方などは、はっきり言って華やかな技を覚えるよりもずっとつまらないし、趣味で楽しむ者には必要のない事のように思えていた。
 
でも、選手権の舞台に立つのなら、まずは美しく立ち、歩かないといけない。日頃の立ち方や歩き方を考えるきっかけにもなった。タンゴが、普段の健康や美容にも役立つなど、知らなかった!
 
多彩なステップも、いかに丁寧に美しくこなすかが差をつける事も分かった。タンゴサロンのメンバーに一目置かれている、選手権に誘って下さったT氏でも、色々な細かい注意を受けていた。それだけタンゴが奥深いものだと知る。
 
グループレッスンは優しくお茶目な先生が時折、世界で戦った来たストイックなダンサーの顔を見せるのも、刺激的だ。例え相手がビギナーであっても、本気で教えてくれる先生の気合いが嬉しかった。
 
転職や色々な事件が重なり、なんと本番前には体調までも壊してしまい、決して万全な状態ではなかった。
正直、色々な状況の変化で、体調的にも出ている場合ではなかった。
それでも私は、舞台に立ってみたいと思った。
舞台に立って初めて、分かることがあると知っていたから。
 
前日は30分近く延長して教えて下さった先生、タンゴサロンのオーナー、開催者、タンゴ衣装とタンゴシューズを安値で売って下さった方々、応援して下さった方々、そして出演のきっかけをくれた恩人T氏のおかげで、当日はとてもスムーズに進んだ。
 
スポットライトを浴びて舞台で踊るのは、小学生で出たバレエの発表会以来、実に約20年ぶりだ。
月日の早さにはこういう時、なんとも驚かされる。
 
リハーサルでは前日教えて頂いた技も成功し、いざ本番へ!
スポットライトが当てられ、ホールの観客全員の眼差しが、私達ペアと他の3組にのみ、向けられている。この感覚……懐かしい。
小学校の頃大好きだったその感覚に、私は一瞬目を細めた。
「選手の皆さん、踊って下さい」
間もなく聞いた事のある音楽が、流れ始めた。
 
先生の言葉が、よみがえる。
「人生を、表現して。タンゴはステップという前に、踊りなんだ!」
表現したい。自分自身の人生を、もっともっと……!
しかし一曲目は、足が自分の足じゃないかの様だった。
大人になったら、本番でこんなに緊張するものなのか?
趣味の延長といえども、人に見られるという事は思った以上緊張するんだという事を、私の足はよく表現してくれた。
二曲目、三曲目は少しは自分の強さ、柔らかさを表現できた箇所もあったが、それでも自分自身が舞台や音楽と解け合う所までは、最後まで到達出来なかった。
日々練習を頑張られているT氏は、エンジン全開とまでは行かなくても、前日のレッスンで習った技を見事繰り出してくれているというのに。
 
結果的に勝負の三曲は、あっという間に終わった。床に足が馴染む事も、会場と解け合う感覚もなく、終わってしまったのは悔しい。リハーサルの時は、解け合える自信を掴んだはずなのに。
 
舞台裏に引っ込んだ後に、私達は終わった開放感からか、自ら歓声をあげていた。
「ひゃ~! これが、大人の本番というものなんですね! 小学校の時より、ガゼン緊張した~! 特に一曲目……」
「いやいや! よく頑張ったよ、本当! よくやった」
「でもTさん、損してますよ。相手が違う女性だったら、上位に食いこめたと思うけれど、さっきの私のじゃなぁ……」
「いいんですよ。順位よりも、自分の中で上達出来たかどうかが、大切なんだよ。僕もだけどあなたも、絶対上手くなったよ。僕は見ていて、よく分かる!」
 
確かに。
転職で目まぐるしい毎日の中で、もし今回の選手権がなかったら、タンゴサロンに行く足すら遠ざかっていただろう。
それを、タンゴを忘れないよう、もっとタンゴを好きになるよう手招きしてくれたのは、T氏をはじめ、タンゴを愛する人々だ。
タンゴの奥深さを、私はこの1ヶ月強で知る事ができた。実際に貴重なプライベートレッスンを数回受けられた事で、少し上手になったと思う。
 
そして、「大人の舞台の本番」というものも、経験する事が出来た。
「大人の舞台の本番」を楽しみたいのであれば。舞台や音楽、ダンスパートナー、観客とその時間にどっぷり溶け込みたいのであれば。もっと準備と自信が必要なんだという事が知れた。
例え趣味であろうと、やはり舞台と友達になりたいし、舞台に立つからには、自分自身を表現出来てこそ、その舞台に立つ意味があると悟った。
 
その事実を知れた事が、何よりの収穫じゃないだろうか。
結果発表では、10年以上本気でタンゴに取り組んでいるダンサー達が、舞台で見事に自身を演じ切り、笑顔でトロフィーをもらっていた。
素晴らしい舞をした者ですら、3位にも入っていない。厳しい世界だ。
そんな中、趣味でタンゴを楽しみ、本番も自分が出し切れなかった私が上位に入る訳はもちろんない。
予想通りの結果になった。
それでもT氏は怒らず私に感謝して下さり、私は幸せ者だ。
このタンゴ選手権を受けられて良かったし、この経験は生きると思う。
 
「また頑張りましょう」
そう笑顔で、T氏は記念撮影を提案した。
私がこの舞台に戻って来るかどうかは、まだ分からない。
戻って来るとしたら、次は舞台と友達になれる準備をして来ようと思う。
舞台の厳しさと楽しさを久々に経験した私は、笑顔でカメラの記念撮影を楽しんだ。
 
 
 
 
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2019-04-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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