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メディアグランプリ

理不尽な上司の操縦法


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中明子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ただいま!」
と同時にハグ。ボスが出張から帰ってきた。
 
単なる挨拶とはいえ、上司と秘書の関係でハグはありえない。
 
「えっと、気持ち悪いからやめてもらえませんかね」
お帰りなさいとも、お疲れ様でしたとも言わずに、淡々と答えた。
 
ハグなんて欧米では普通のことだというが、ここは日本。ボスも私もコテコテの日本人。相手が嫌悪感をはっきり示したら、それは立派なセクハラになる。
けれどボス曰く、このハグは私への親愛の情であって、ハラスメントにはあたらないのだそうだ。自分に都合よく解釈しすぎる。勝手すぎる。
でもまあ、いつものことだし許してあげよう。
 
数え切れないぐらいの仕事関係者から、よくあの人の下で働けますねと言われた。
これまで相当な忍耐を強いられた。「こんなこともわからないのか、バカ」と何度罵られたことだろう。そんな人と20年近くも一緒に働いているなんて。
 
私の秘書歴も、ゆうに20年を越え、いやもうすぐ30年といったほうが適切だ。決して模範的な秘書ではないが、確実にベテランではある。
その間、複数の上司の下についたけれど、その中でもこのボスは特殊だった。
頭の回転がとても早く、超短気。業界でも変わり者で有名で、『出すぎた杭は打たれない』を、身をもって実践する人。当然、自分にも他人にも厳しい。
つまり自分のボスとするには、扱いづらいことこの上ない。
 
反対に私はというと、一人っ子で、自由にのんびり育ったせいか、人に譲るとか奉仕するという精神は持ち合わせていなかった。
親から怒られた経験もあるにはあるが、かなり少ないほうだろう。身内に荒々しい性格の人はいない。特筆すべき性格は、マイペースと負けず嫌い。
秘書向きとはいいがたい私が、どうしてこんなボスと上手くやってこられたのだろうか。あまたいる歴代秘書の中でも相性の良さはピカイチだ。
我ながら不思議である。
 
【観察】
 
初めての勤務日。まさしく未知との遭遇であった。
なんだかよくわからないが、ボスが大声で怒鳴り散らしている。そして周りの同僚は揃ってビクビクしている。
 
これはまずいところにきてしまったのかも……
 
頭をよぎったが、ブンブンと打ち消した。たまたま虫の居所が悪かっただけかもしれないじゃないか。
しかし残念ながら、我がボスは常時こういう人だった。
ボスは超短気だが、私の負けず嫌いも相当なものだ。おめおめと引き下がってはいられない。
この日からボスと私の攻防が始まった。
 
『彼を知り己を知れば百戦殆からず』という言葉がある。敵と味方、双方の状態を正しく知って戦えば負けることはない。
なにはともあれ、ボスを観察することにした。私の視界の隅には常にボスがいた。
観察を続けていると、相手が何を望んでいるのか、何を欲しているのか、自然とわかるようになってくる。
困っていることや要望を察することができたなら、横からそっと手を差し出せばいい。
もちろん最初は些細なことから始まる。
 
• 外出先から戻ってきたボスにお茶でも入れよう。
• 体調が悪そうだからそっとしておこう。
• 今ならホウレンソウ(報告・連絡・相談)ができるかも。
• 次のスケジュールまで時間がない、あらかじめ資料を準備しておこう。
 
そんな毎日を繰り返しているうちに、かなりの精度でボスの行動予測ができるまでになった。
 
【負けるが勝ち】
 
最近はお年を召し、ボスなりに丸くなったと評されるが、あくまで個人比である。
かつては導火線に火がついたら一時間は怒鳴りっぱなしの人だった。そうなると、私を含め周囲ができることは、ボスがクールダウンするのをひたすら待つだけだ。
とはいえ、あまりにも理不尽なことで当り散らされると、こちらにも我慢の限界がくる。事実、数年に1回の頻度でこのボスと大喧嘩をしている。
家族とでさえ言い争った経験がほとんどない私が、である。
 
その時も、もともとご機嫌ナナメだったのだろう。些細なきっかけでボスのスイッチが入った。突然私に向かって怒鳴り出したが、明らかな誤解からだった。
見当違いも甚だしい。
普段の私だったら、声を荒げて「違いますっ!」と言い返し、大炎上させ、数日間は職場内に不穏な空気が漂うところだ。
 
しかし、この日の私は何かが違っていた。
自分に非があるとは1ミリも思っていなかったが、ふと「すみません」と口にしてみた。あくまで口先だけである。
 
そうしたら……
 
「おぉ、そうなんだよぉ〜」
 
一瞬にして、ボスの態度が軟化した。こちらも拍子抜けするほどだ。
 
あれ? なんなんだ、これ。
これは是非とも検証すべし。
数ヶ月後、同じような場面で再度試してみた。「すみません」と、また口先だけ。
 
「おぉ、そうなんだよぉ〜」
 
あら。
もう一度試した。また同じ結果。
 
どうやら成り行きで拳を振り上げてはみたものの、ボス自身、その扱いに困っていたようだ。つい声を荒げてしまったが、うすうす自分の勘違いであることに気づいていたのだろう。
「すみません」の一言が、ボスに拳の下ろしどころを提供したようだった。
 
私が先に折れて、ボスに逃げ道を示したことで、その後の仕事の運びは格段に楽になった。
こんなに簡単なことだったなんて。
理不尽な態度を取られると、意固地になって自分の正義や正当性を主張したくなるが、そんな時こそ一息ついて、状況を俯瞰してみるほうがいい。
負けるが勝ちってこともある。
 
上司が気難しい人だと、つい距離を置きたくなるが、ビクビクせずにこちらから一歩歩み寄って普通に接してみると、意外と付き合いやすかったりするものだ。
観察をすること、正論にこだわって相手を追い詰め過ぎないこと。
その効果のほどは、かつて「バカ」「アホ」「気が利かない」と幾度となく罵られた私の実証済みである。
そんな私が今ではボスの操縦桿を握っているのだから。
 
 
 
 
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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