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メディアグランプリ

「お母さん、ありがとう」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:若葉(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
春なのに少し冷たい風が吹いていたある日、自宅の電話が鳴った。
いつもと変わらぬ着信音なのに、なぜか受話器を取る前に一瞬胸騒ぎがした。
 
受話器の向こうから母のいつもと変わらぬ明るい声が聞こえた。
 
「久しぶり。最近どう? 元気にしている?」
 
「相変わらず。お母さんは? その後、体調どう?」
 
「うん、この間検査で病院に行ったの。どうもガンが転移したみたい……」
 
サラッと言った。
 
「えっ? 転移? 大丈夫なの?」
 
母の明るい声とは裏腹にわたしは目の前が真っ暗になるのを感じた。
それを悟られないよう明るく返事をしたが、受話器をもつ手が小刻みに震えた。
 
どうして(また、母なのだろう)……
 
わたしの心の声が、母に届いたかはわからない。
母は構わず話を続けた。
 
「今度病院で詳しいことを聞くから、あなたも一緒にいってくれない?」
 
わたしはすぐに自分の手帳をひらいて、その日に予定を書き入れた。
 
母は60歳の誕生日を迎えたある日、便出血が見つかった。便がいつもと違うことに不安を覚えた母は検査をした。そこで大腸がんが見つかり、1か月後に手術を受け、ステージⅢのがんであることがわかった。それまで毎年健康診断を欠かさない人で何事もなかったため突然の出来事にわたしは本当に驚いた。
 
そして東京の病院でS字結腸のガンを数十センチ切除する手術をした。
前向きな母は
 
「新しいダイエット法だわ」
 
と、自分の友人に話していたらしい。
そんな母とは裏腹に、私は主治医から
 
「もし次に転移が見つかった時は余命半年だと思ってください」
 
と、言われていた。
 
それから数年たって母は時々仕事もするし、海外旅行にいくほど元気に過ごしていた。
だから、心のどこかでもう大丈夫って思っていた。
 
そんなときに突然『転移した』と母の口から出てきて、目の前が真っ暗になるのを感じたのだった。
 
病院へ一緒にいくと医師より転移が肺にあり、どのぐらい広がっているのかレントゲン写真を見せながら説明があった。この状況だと普段息をするのも苦しいはずだと聞かされた。
 
元気な頃、背筋をピンと伸ばして颯爽と足早に歩く母が印象的だった。しかし、息苦しさもあるのか猫背っぽくなり、やがて杖をついて歩くようになり、最後は車いすを使って移動するようになっていった。
 
ある日、母は入院し、急激に体調が悪くなっていった。
次第に肩で息をするようになっていった。
 
目の前で息が苦しいとわかっているのに何もできないのは本当にツライ。
 
小さい頃から母が喘息で苦しい時には背中にある咳のツボを押してくれと言われていたので、わたしはツボを押したりして少しでも母の助けになればとそばにいた。
 
母は目の前でどんなに苦しくても弱音を吐かなかった。
それどころか、いつも感謝の言葉を伝えていた。
 
ある日病室にいくと、眠ったまま目が覚めない母がいた。
苦しさがひどくなり、緩和のために強い薬を使ったことが原因だった。
 
このまま目が覚めないのか。
もう話せないのか。
 
もう死を待つだけなのかと絶望を感じていたときに奇跡的がおきた。
 
昔、まだ元気な頃に人生最後の食事は大好きなお寿司屋さんのお寿司がいいと言っていた母のために父がそのお店までいきお寿司を買ってきたのだった。
 
耳元でお寿司を買ってきたことを伝えると母は突然目を覚ました。電動のベッドを動かし食事ができる体勢にすると苦しさの中で必死に一口だけ口にした。そして、また眠ってしまった。
 
次に私たちきょうだい3人が揃った時に目を覚まし、ベッドの両端の手すりを強く握りながら話してくれた。
 
「あなたたち3人が生まれてきてくれて、とっても楽しかった。今まで本当にありがとう」
 
息苦しさの中で一生懸命伝えてくれた言葉だった。
これが母の最期の言葉となった。
 
次の日の朝早くに危篤状態だと叔母から連絡があり、すぐに病院に向かった。
移動中の電車でメールが届き、母が静かに旅立っていったことを知った。
 
「お母さん、産んで育ててくれてありがとう」
 
病室にいくと苦しさから解放され、点滴の管が外れた母が静かに眠っていた。
わたしはベッドに横たわる母のまだあたたかい背中の部分に手を入れて、母のぬくもりを感じながらそうつぶやいた。
 
自分が母親になって、母の気持ちがたくさんわかった。母は結婚する前にわたしを妊娠している。母がわたしを産む決断をしてくれなかったら、今、わたしはここにいない。若きしの母の勇気と覚悟に心から感謝している。
 
まだ4月のはじめだというのにあちこちで母の日のプレゼント合戦が繰り広げられている。わたしは直接感謝の気持ちを伝えたくてももう母には会えない。
 
これを読む母親がご健在の方にはぜひ生きている間に気持ちを伝えあって欲しいなと願う。いつか必ず人は旅立つものだが、残念ながら、その日は選べない。だから直接会える時はいつも最後のチャンスだと思って想いを伝えてあってもらえたらなと思う。
 
わたしにはその願いは叶わない。しかし、私にも子どもが3人いる。子どもたちと一緒に過ごせる時間を大切に、旅立つその日まで想いを伝えあえる関係でいたいなと願っている。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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