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メディアグランプリ

膨らまなかったスポンジケーキ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉田 倭子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
その日の朝、駅の改札口の向こうはいつもと様子が違っていた。改札口に向かって何人かの駅員さんが立っている。そして、改札口から駅の出口へと向かう高校生たちにしきりと挨拶を繰り返すのだ。今日は何事だろうと思いながら、挨拶をする駅員さんを横目に出口に向かった私は、外の光景に一瞬足を止めた。私の使っている駅舎の出口から東側の道路へ向かう通りの両脇に旗を持った大人達が1m間隔で立ち並んでいたのだ。早朝の駅の出口は、色々な広報活動の場として使用されており、○○運動期間などとチラシ配りやティッシュ配りがよく行われる。けれど、1m間隔で立ち並ぶ大人達の姿はなかなかに異様だった。旗に書かれている文字をみてやっと分かった。マナーアップキャンペーンだ。以前、公共の場所においての自己中心的なふるまいをする若者が目立ち、通学途上の高校生のマナーへの苦言が寄せられたことから実施されているものらしい。
 
私は、1m間隔で旗を持ち立っている大人と挨拶をする高校生の光景に違和感があった。マナーとはなんだろうか。挨拶とはなんだろうか。高校を卒業して、大学に入学する子や就職する子。進路は様々だけれど、アルバイトや就職で社会に踏み出す一歩手前の子供たち。彼らのマナーやモラルが低ければ、社会的には大きな問題だろう。子供たちがマナーもモラルも低いまま大人となればこの国全体に関わってくる。そして、自立し社会へと足を踏み入れたときにマナーが悪いことで困るのは子供たち自身だ。マナーアップキャンペーンに参加していた大人は様々だった。出勤前と思われるスーツ姿の男性、主婦だろうかと思われる女性、地域のお年寄りの方。それぞれが、仕事や家事など予定があるなか、なんとかやりくりして朝の忙しい時間に参加していらっしゃるように感じた。今のうちからマナーもモラルも備わった社会にふさわしい子供となるよう地域全体で守り育てようとするそこには、子供たちとこの国や社会全体への愛情が詰まっている。朝からさわやかに道行く人に対してにこやかに挨拶する姿。素敵な光景だ。けれど、そのマナーアップキャンペーンで挨拶を繰り返す姿になにか釈然としない違和感がある。なんだろうか。なんだか膨らみ損ねたスポンジケーキが出来たときのような気分だった。
 
スポンジケーキは、ショートケーキのデコレーションする前の生地のことだ。上手にできると抜群に美味しい。焼き立ての香ばしい香りに誘われ、そのまま食べると、口に広がるほのかな甘み、ふわふわの食感、生クリームでデコレーションしなくても、手づかみで食べてしまいたくなる美味しさだ。けれど、失敗したスポンジケーキは非常に残念だ。膨らむはずの中央部分は盛り下がり、なんだか固く美味しくない。甘いけれど、私の作りたかったのはこれじゃない! と思う。これじゃないスポンジケーキを前にしながらうまくいかなかった原因を考える。どこが悪かったのだろうか。手順をどこかで間違えたのだろうか? 卵の温度が低かっただろうか? それとも生地の泡立てが足りなかったのだろうか?
 
私は、スポンジケーキに失敗した原因を考えるときのように、マナーアップキャンペーンへのこの違和感はなんだろうと考えながら駅を出て職場へ向かった。その日、私は職場のお茶当番だった。職場に到着し、郵便受けにある新聞を取り、鍵を取り出し、自分の課へ向かう。職場の廊下で他の部署の方とすれ違えば、互いに顔を合わせ挨拶する。同じ職場に勤めていても他部署となると知らない人も多い。名前は知らないけれど、お顔は拝見したことあるような? と思う人や全く初めて拝見する人もいる。この春の異動で変わってきた人かな? などと思いながら挨拶をして自分の部署へ到着し、早速お茶の準備に取り掛かる。給湯室で湯沸かし器からの温度を確かめてポットにお湯を注ぐ。一杯になるまで注ぐには案外時間がかかるのだ。まだかなぁ。と思いながらポットの中を覗いていたその時、横から「おはようございます!」 朝から力強い声で声をかけられた。人の気配も感じていなかった私は、反射的に振り向きながら「おはようございます!」 と挨拶を返していた。そして、その瞬間、私が欲しかったのはこれだ。と感じた。私はその方の「おはようございます」 の言葉にただ、自分の目に留まった人へ声を掛けた。そんな素朴な印象を受けた。私が挨拶を返すかどうかは関係なく、こちらへの期待を求めることなく挨拶をする。そこには、マナーがどうだとか社会人としてこうあるべきとか、社会の常識、慣習、そんな考えは介在していない。自分の目に留まった人へまず自分から心を開こうとする自然な行為として挨拶があるように感じた。
 
マナーもモラルも社会で、人間関係を円滑にするためには必要なことだ。けれど、これからの社会を担う子供たちには、マナーとして、モラルとして、それをするのではなく、社会に対して、周りの人に対して、心を開いて向き合い、そして沢山の喜びと人生の楽しさを受け取って欲しい。そして、彼らが目の前の世界に素直に向き合える心を育てる手助けを社会、地域全体で出来たなら。それには、もっともっと子供とそれを見守る大人との距離を近づける必要があると思う。そこまで考えて、やっとまず手始めとしてのマナーアップキャンペーンが腑に落ちた。
 
 
 
 
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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