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メディアグランプリ

落としたバトンも、笑える日が来るから。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平野謙治(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「なんだ。もう10時か」
 
時計を見て、驚く。こんなに寝ていたのか。
まあ、いいか。焦ることはない。
 
そう。今日からゴールデンウィーク。なんと10連休だ。
最近は、顧客のトラブル対応に追われる日々が続いていた。仕事が増える中で続けてミスを犯してしまい、心が擦り減っていた。
それだけにこのタイミングでの連休は、この上なくありがたい。煩わしい仕事のことを、しばらく忘れることができる。
急ぐ必要がない喜びを感じながら、起き上がらずにゴロゴロしていた。
 
しばらくしてようやく起き上がり、遅すぎる朝食を済ました。
最高の休日。こんな日々が、ずっと続けばいいのにな。
 
「午後の約束まで、まだ時間があるな……」
 
掃除でもするか。僕は再び、自室へと戻った。
掃除機をかけ、それから机に積み重なっていた本を棚に入れていく。
しかしここで、問題が起きた。
本棚がいっぱいで、これ以上本が入らないのだ。
 
まいったな。本棚をあさりつつ、捨てても良い本を選別する。
すると、もう何年も見ていなかった、とある冊子が出てきた。
 
「うわ! 懐かしい……」
 
懐かしさのあまり、手が止まる。出てきたのは、中学校の卒業文集だ。
気づけば僕は、ページをめくっていた。すぐに、自分の作文を見つけた。
ああ、そうだ。「このこと」を書いたんだよな……。
今でも、鮮明に思い出せる。
そこには、忘れられない思い出がつづられていた。
 
まだ残暑が厳しい9月。中学3年だった僕は、最後の体育祭を迎えていた。
運動が好きだった僕にとって、体育祭はとても楽しみな行事のひとつだった。
そしてその中でも、特に楽しみな行事があった。
 
それは学年別に行われる、「クラス対抗全員リレー」だ。
なんとこのリレー、名前の通りクラスの全員が出場する。ほとんどの学校が代表者を選抜して行う中、全員が出場するこのリレーは珍しく、とても盛り上がることから、僕の中学校の名物となっていた。
 
「絶対勝とう」
 
クラスメートはそう言い合い、指揮を上げていた。
3年の僕らにとって、最後の体育祭。絶対勝ちたいに決まっている。
 
当然、僕も気合が入っていた。
個人的なことではあるが、今まではクラスにも恵まれ、1年生の時も、2年生の時も優勝していた。そんなわけで、このリレーへの思い入れは人一倍強かった。
3年連続優勝して、卒業してやる。そう意気込んでいた。
 
「頼むぜ」
 
スタート直前、何人かから声をかけられた。
このリレーでは、クラスの中で足の速い何人かは二回走ることになっている。当時短距離走が得意だった僕も、そのひとりだった。
当然、クラスの期待もかかる。
 
「任せてくれ。絶対一位で繋ぐから」
 
僕の走る順番は2番目と、最後から2番目。前後の人と、バトンの渡し方も確認した。
力強く言い放ったその言葉の通り、自信はあった。
優勝に向けて、視界は良好……のはずだった。
 
パァン。
合図が鳴り、各クラス一斉にスタートした。
2番目に走る僕もスタンバイし、バトンが回ってくるのを待った。
 
来た。僕のクラスが最初だ。
バトンを受け取ると、僕は勢い良く走り出した。2位との差を広げ、すぐに次の走者の元へ。
走りながら、バトンを渡す準備をした。次の走者は、女の子だ。受け渡しの練習も、十分していた。だけど……
 
「あ!」
 
そう思った時には、もう遅かった。渡し損ねたバトンは既に、グラウンドに転がっていた。
 
呼吸が合わなかった。
バトンを出した位置と、彼女が伸ばした手の間には、埋められない空間があった。
焦った僕は、軌道修正しようとした。その瞬間、手からバトンが滑り落ちたのだ。
 
いや、今は落とした理由なんてどうでもいい! とにかく、早く渡さないと!
 
動揺した僕は、バトンを拾うのが一瞬遅れた。
その隙に、他のクラスは到着していた。バトンを拾って渡す間に、僕のクラスは最下位になっていた。
 
ああ。やってしまった……
僕のせいで、今年のリレーが終わった……
 
あの時感じた、背筋が凍るような絶望を、僕は決して忘れないだろう。
僕はその場から、動けなかった。ただ茫然と、立ち尽くしていた。
 
しばらくして我に返り、今にも泣きそうな声でみんなに謝った。
 
「みんなごめん。オレのせいで……」
 
そんな僕の頭を、委員長がくしゃくしゃと押さえつけた。
 
「おい、まだ終わってないだろ!
みんなを信じろ。次走る頃にはまた一位で回ってくるから」
 
そうだ。まだ終わってない。
応援しないと。まだみんな、必死に走っている。
 
「また一位で回ってくるから」というのは、慰めだろう。
だけど何より、その気持ちが嬉しかった。
他のみんなも、「ドンマイ」と声をかけることはあっても、責めるようなことはしなかった。
その優しさに、また涙腺が緩みそうになる。
 
だけど、グッとこらえた。
泣いている場合じゃないだろ。僕にはもう一度、出番がある。
次は挽回してやる。心の中で、そう誓った。
 
しかしこの後、まったく予想してなかった展開になった。
僕のクラスは、みるみるうちに前との差をつめていき、中盤には一位が狙える位置につけていた。
 
そして僕の出番が来る直前、ついに1位に返り咲いた。
胸が熱くなった。委員長が言った通りの展開だ。
 
バトンを受け取り、再び走り出す。
どうしてあの瞬間、もう負けただなんて思っちゃったんだろうな。
どうしてみんなを信じてやれなかったんだろうな。
 
「みんなごめん」
 
さっきとは、まったく意味の違う謝罪の言葉。
走りながら、頭の中でつぶやいた。
 
そのまま僕は、リードを守ってバトンを繋いだ。
アンカーも危なげない走りで、僕のクラスは優勝した。
 
歓喜の輪にもみくちゃにされながら、誰にもバレないように僕は少しだけ泣いた。
みんな、ありがとう。最高の思い出になったよ。
 
この出来事は、今でも鮮明に覚えている。
卒業文集に書くくらい、特別な思い出だ。
1年生の時も、2年生の時も、優勝したし、これ以上なく嬉しかった。だけど優勝に至るまで、どんな展開だったかなんて思い出せない。
僕にとってそれだけ、3年生の時の優勝は特別だ。
そしてそれは、一度失敗したからこそであろう。
 
バトンを落とすという致命的なミスを犯した。だけどみんなのおかげもあり、最後は優勝することができた。
一度どん底まで落ちたからこそ、その後味わった歓喜がいつまでも心に残る思い出となったのだ。
 
振り返ると、学生時代の友人と会った時にいつも盛り上がるのは、ただ楽しかっただけの話ではない。
苦労したり、失敗したりもしつつ、だけど最後は上手くいったこと。暗くなる瞬間も味わいつつ、最後は明るく終われたこと。
僕らの心に強く残っているのは、いつだってそんな思い出だ。
 
そう思えば、仕事でトラブル対応に追われたり、ミスが続いたりしている今はチャンスなのではないか。
ここを上手く乗り越えることができれば、忘れられないような素晴らしい経験になるのではないか。
 
そしてそれが、ただの思い出では終わらないことを、大人になった僕は知っている。
それが、最高の「酒の肴」になるということを。
 
生きていれば、暗い日々もある。
だけどいつか、「あんなこともあった」と酒の席で笑い飛ばせる日が来る。だから今は、なんとか乗り越えてみせよう。
 
卒業文集を閉じて、そっと本棚に戻す。
これは捨てずに、取っておこう。
 
結局約束の時間までに、部屋は片付かなかったな。
だけど今の僕はもう、休日がずっと続けばいいだなんて思ってない。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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