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当たり前は有り難いこと


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記事:丸山ゆり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
明日で、平成という時代が終わる。
 
平成は、戦争という争いがなかった時代だったと言われる。
そういった意味では、大変平和な時代だったが、その反面自然災害が多かった印象を受ける。
大きな地震に見舞われた時代だともいえる。
とりわけ、阪神淡路大震災は、実家が被災し、見慣れた街並みが一変してしまった記憶に残る自然災害だった。
 
それとは別に、私の記憶に残っている、ある自然災害がある。
 
2018年6月18日、それは突然起こった。
 
大阪北部地震。
 
あの日、私は京都鞍馬を訪れる予定で、一人で阪急電車、京都線に乗車していた。
ちょうど、特急電車が途中の長岡天神駅に到着した瞬間だった。
停車する際に、大きく左右に揺れたのだ。
「今日の運転士さん、運転荒いなぁ」と思った瞬間、警報のアラートが乗客全員の携帯電話が鳴った。
 
「何? 何が起こったの?」
 
すぐには状況が理解できず、周りを見渡すと、向かい側のホームでは、乗客の何人かがしゃがんでいる。
 
「えっ? 今の揺れは地震だったの?」
 
車内放送で、やっと詳細がわかった。
大阪北部で起こった地震。
まさに、今しがた通り過ぎてきた一つ前の駅周辺が震源地のようだという。
 
幸運にも、駅に到着したところで地震に遭遇したため、電車のドアは解放され、そこから人の動きが始まった。
私は、「きっとしばらくしたら動くだろう」と思い、車内にとどまり、新しい情報が出るのを待っていた。
 
そんな時、自宅にいた娘からもLINE電話がかかってきた。
少々の地震では起きることもない娘が、「怖かった」と言って電話をかけてきたことでも、その大きさを知ることになった。
そして、慌てて自宅近くの実家にも連絡を入れた。
ここで気づいたのだけれど、実家の母は携帯電話を持っていない。
なので、家の固定電話にかけたのだが、これがなかなかつながらないのだ。
よく聞いていたことだが、やはり災害時にはSNSの方が、通話は良好のようだった。
ようやく実家と連絡がとれたが、幸い揺れを感じただけで、被害はなかったと知りホッとした。
 
問題は、自宅や実家ではなかったのだ。
 
阪急電車 長岡天神駅に着いた瞬間に起こった地震。
そこから動かなくなった電車の中で、情報を待ち始めたのだけれど、一向に動きがないのだ。
そんな時、便りになるのは、ネットだ。
スマホであがってくる情報を確認するために、ネットに集中していると、周りの乗客も同様だった。
 
ところが、すぐさまピンチに。
充電がどんどんなくなってゆくのだ。
娘とLINEのやりとりをいつものようにやっていると、ますます充電の残はなくなる。
 
「ごめん、充電なくなるから終わるね」
 
いつ、ここから動けるかがわからないので、ちょっと心配になったのだ。
そんな思いは、周りの乗客も同じでいつしか隣り合わせの人どうしが話をし始めていた。
 
私も、隣にいた女性に声をかけた。
「動かないですよね。どうなったんでしょうね」
 
「ホントですよね。困りますよね」
 
そんな会話から、お互いの今日、この電車に乗り合わせた目的、どこに住んでいるか、などを話した。
偶然にも、同じ駅から乗った人だとわかり、急に親近感を覚えた。
私は、一人京都の鞍馬を訪れるという目的だったのだが、その女性はある大学で授業を受けるという。
 
「早く電車が動くといいですね」
 
ところが、気づくと2時間ほどが経ち、いよいよ電車の再開の目途がつかないことがわかってきた。
制服を着た学生たちは、親が迎えにきたのだろう、一人、また一人と改札の向こうへと消えていった。
それにしても、どうにもこうにも動けない。
ひたすら、迎えを待つ乗客たち。
 
問題は、最寄り駅よりも、目的地の方が近いところまで来ていた私たちだ。
その日の目的をあきらめ、今度はどうやって帰宅するかを模索した。
近くの人たちとタクシーに乗り合わせるか?
ところが、JR、私鉄前線が止まっているので、道路も混雑していて動かないのだという。
そこで、私の帰宅への策は尽きてしまった。
 
電車が止まった、長岡天神駅では、電車のドアは開いたまま、改札も出入り自由となっていた。
なので、駅前のコンビニに行って、飲み物、食料を調達しに行った。
その際、隣の女性にも声をかけた。
彼女は、松葉杖をついていて、足を負傷している人だったのだ。
大学の授業を受ける予定だったので、その用意はある、ありがとうと彼女は言った。
 
一人で駅の改札を出て、食料品を確保したら、次はスマホの充電が気になった。
目の前にあった、ファストフード店に入ると、コンセントをお借りしたいと申し出ると、快く応じてもらえた。
 
残念ながら、この地震で犠牲になった小学生の情報を知り、あらためて地震の大きさを知ることになった。
 
駅前には、どこへも動くことのできない乗客があふれ、会社や自宅へ連絡をする姿があった。
直接、地震の被害には合わなくても、日中、外出先で遭遇すると、別の問題にさらされるのだ。
 
帰宅困難者。
 
よくテレビで見ていたのだが、まさか自分がそうなるとは夢にも思っていなかった。
どうしようもない状況を変えることはできない、そんな思いになると、なんだか電車内が和気あいあいとなってきた。
自分の周りの人たちと、たわいない会話が始まり、笑い声もあがったりしている。
焦る人もなく、駅員に詰め寄る人もなく。
ただひたすら、待つ。
 
それは、ひとえに身の危険がないからであるが、不安がないと人は穏やかでいられるものだ。
そこでさらに数時間過ごし、電車が停車してから約11時間後、別の私鉄が運転を再開したと聞き、移動することに。
その際も、同じ駅だとわかった隣の女性と行動を共にすることにした。
そんな心強さもあったのだろう、長蛇の列のバスを待ち、これまで利用したことのない駅から電車に乗り、さらに乗り継いで、ようやく、地元の駅に戻ることができた。
 
それは、すでに夜の11時を過ぎていた。
電車がとまってから、半日以上が経っていたのだ。
 
ああ、なんと長い一日だったことか。
 
それでも、突然の状況に際し、その問題を共有する人が周りにいたこと。
充電を確保するために、お店が快く電源を開放してくれたこと。
どんなことがあっても、パニックにならない日本人の気質。
 
そして何より、電車が普通に動いてくれることのありがたみ。
 
この体験は、最近のことでもあるが、私の平成の大きな体験となって記憶に鮮明に焼き付いている。
それは、天災の恐ろしさとともに、そんな危機に際したときの周りの人たちの存在の大きさを感じられたこと。
 
そして、当たり前のことは、ありがたい(有り難い)ことだということ。
 
それだけは忘れることなく、令和の時代を迎えたい。
 
 
 
 
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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