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メディアグランプリ

暗くて怖い自由の入り口


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:水口綾香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
まもなく10歳になる我が家の長男は、小さな頃から異常なほど味覚が敏感だ。素材の味だけで十分なので、離乳食を卒業して幼児食といわれる少し味付けに幅が広がる段階に入っても、ほとんどの味付けを嫌った。その幼児食を終えて普通の食事を食べる年齢になっても、つい最近までサラダにはドレッシングも塩もいらないし、刺身もしょうゆを付けずに食べていたほどだ。
 
そんな長男にとっては、素材の味そのものが受け付けられないものが多い。一言でいえば好き嫌いが多いのだが、味覚が敏感な長男からしたら、それは普通の人の好き嫌いと比べても相当な苦痛なのだろうと思う。
 
朝食はまだよかった。時間の関係で品数も少ないし、学校に遅刻しないように朝食を切り上げることができた。しかし夕食は品数も多くなる分、苦手な食材が皿に入っている確率が高い。長男からしたら、夕飯には「魔物」が潜んでいると思っていることだろう。毎日夕食の度に「魔物」を仕向けられ続けられるわけで、完食できる日もあれば負ける日もあった。
 
しかし、この負けた日が次第に問題になってきた。長男がこっそりと食べ残しを捨てるようになってきたのだ。ある日はティッシュに丸めて捨て、ある日はトイレに吐き戻し、ある日は排水溝の中に隠す。堂々と生ごみに捨てる日もあった。皿の上の「魔物」と戦わず逃げる事を覚えたのだ。
 
そこまでして無理に食べさせる必要もないと思うかもしれない。しかし私にも譲れない思いがある。兼業農家だった祖父母を見て育った私は、例えば玉ねぎが育つ10か月は胎児が育つ10か月と同じ長さの月日がかかっていて、同じと言っていいほどの愛情が注がれて育てられている事を知っている。長男は「残していいですか?」と涙目を作り戦わない選択をする事もあったが、私も簡単に「どうぞ好きなだけ残して」とは言えないのだ。長男が「魔物」から逃げ苦手な食材を捨てるという事は、残念ながら私と戦うことを意味していた。
 
味覚が敏感で好き嫌いが多いのは長男だけで、あとの家族は長男の嫌いな野菜が好きだった。私は彼の敏感すぎる味覚を理解したうえで、量を減らしたり食べやすいように細かく刻んで混ぜ込んだりと工夫をしたが、当然長男に合わせ続けられない。私は長男と戦うのは嫌だ。この戦いを続けても誰も幸せにならない事もわかっている。なんとか長男が「魔物」と戦わずして勝つ方法はないものか考えた。
 
ある日の夕食、私は長男に提案した。「食べられないなら食べなくていいから、自分で作ってごらん。買い物して、材料を買うところから全部自由にやっていいよ」
 
長男はすでに、日ごろの手伝いの成果で米も炊ければ味噌汁も作れる。料理好きな父親の影響で焼うどんも作れるしカレーも作れる。お腹がすけば、おにぎりを自分で作って食べる事もある。決して無理難題を突き付けているのではなく、少し頑張れば、毎日「魔物」と戦わないで好きなものを好きなだけ自由に食べることが出来るのだ。長男にとっては悪くない提案だと思う。それに私も、味覚の敏感な長男がどんな味を作り出すようになるのか興味があった。はじめは苦労するかもしれないが、才能が開くかもしれない。思いつく限りの自由を提案したつもりだった。
 
だが長男は顔をこわばらせて私の提案を拒否した。作った涙目ではなく本物の涙目で、ものすごい勢いで皿の上の「魔物」をかきこみ始めた。
 
長男は怯えていた。私が提案した自由は、長男にとって出口の見えない不気味なトンネルのようにどこまでも真っ暗だったのだ。そして怯える長男をみて私も思い出した。私もちょうど1年前、自由が怖くて飛び込めず怯えていたことを。
 
私の自由は個人事業主としての起業だった。出産を機に退職して以来、何年も社会から遠ざかっていた。勤めていた時にためた貯金をつぎ込んで、人脈もないのに起業してうまくやっていけるのだろうか?失敗したらどうしたらどうなってしまうのか?わからなかった。どんなに悩んでも出口の見えないトンネルのように先が真っ暗で見えなかった。でも私はトンネルに踏み込んだ。
 
踏み込んでみてわかった。自由というトンネルは、踏み込む前に思っていたよりも案外すぐに出口から差し込むまぶしい光が見えてくのだと。そしてトンネルを抜ければ、踏み込む前とは違った景色がまっている。一人で踏み込んだと思っていても、先に同じトンネルを通過した人たちが大勢いて、同じ目的地を目指す人との出会いはたまらなく楽しい。トンネルは一つではなくこの先の人生でいくつも待っていて、長ければ長い程通り抜けるまでは大変だけどその分素晴らしい景色が見えてくることも知った。
 
「ねぇ。好きなもの好きなだけ食べられるんだよ? 自由って最高じゃない?」
 
私は長男にトンネルの先のまぶしい世界を見てほしくて、今日も相変わらず同じ提案をする。長男は自由のトンネルに入るのが怖くて皿の上の「魔物」をかきこんだ。
 
 
 
 
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2019-05-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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