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嫁のギョーザとワンコの法則


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:芦野 雅代(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
もう15年も前の話。
元夫の親兄弟が集まった席で、どんなことにおいても常に上から目線の元義兄が、自慢げに熱く語った一言を私は忘れない。
「ウチの嫁のギョーザを一回、喰ってみれ! 旨くて旨くて、他のギョーザ喰えねぐなるど」 (道南なまり:喰えなくなるぞ)
元義姉へのリスペクトなのか、単なるのろけかわからないが、事あるごとに「いいからギョーザ喰いに来い、ギョーザ!」と言われ、ある日弟夫婦である我々は、兄家の自慢のギョーザを頂きに伺った。
 
兄は地方公務員で明るい嫁と子どもが2人いるごく一般的な幸せな家庭。
明るい雰囲気の中、待ちに待った兄が熱く語っていた「俺が今まで喰った中で、一番旨いギョーザ」が登場した。
見た目は、普通……だが、若干チープな雰囲気がする。小さめの市販の皮を使っていることは明らかな、いわゆる家庭のギョーザだ。
このギョーザが、そんなに旨いギョーザなのか! と、期待値が上がる。
一口、食す。
あれ?
これが、義兄が今まで食べた中で一番旨いギョーザなの?
心の中で、思った。
まぁ、何と言うか美味しいんだけれども、普通と言えば普通というか、子ども向けになのか、既に冷めており優しい味付けでパサパサしているのだ。
タレの甘さも余計だった。
細かいことを言えば、生姜もコショウもごま油もオイスターソースも効いていない、ボケたギョーザである。
苦肉の策でタレに酢とラー油を追加したかったがそれが許される雰囲気ではなかった。
これではビールがすすまない。
 
しまった、期待しすぎた!
 
以前、何かの研修で「期待値が高ければ高いほど、満足度が低い」ということを学んだことがあった。
まさにそれだ! 我々の期待値が、高すぎたのだ。
そもそもギョーザとは、B級グルメ。どんなに旨いと言われたところで、ギョーザはギョーザなのだ。
 
だが、義兄は大満足そうに、「旨い、旨い! な? 旨いべ」と、言ってくる。
空気を読んで、「美味しいですね~」と、話を合わせるのが精一杯。
そう、間違いなく義兄は、今この目の前にある、普通のギョーザを世界一旨いと絶賛して食しているのだ。
 
人の味覚とは、不思議なものである。
 
嫁が手間暇かけて手作りしたこのギョーザには、家族への愛情がたっぷり込められており、当人だけが世界一美味しいと感じることのできる特別なものなのだろう。
その美味しさを共感できないのが残念で仕方ないが、ありふれたものの中に隠れている小さな幸せや価値は、当人だけにしか感じられないのだ。
 
ありふれたものの中に感じる自分だけの小さな幸せが、もう一つある。
 
私は、朝の情報番組の名物コーナー「きょうのワンコ」が大好きだ。
それも、世界で一番かわいい我が家の愛犬、トイプードルのミルミルちゃんと一緒に見るのが好きだ。
そこで思う。
いわゆる、一般家庭の普通のワンコが紹介されるこのコーナー。
毎日、いろんなワンコが満を持して登場するが、特に目を引くワンコが出てくることはない。立派な犬だなぁ、かしこい犬だなぁということはあれど、犬は犬である。
それぞれの飼い主は、テレビに応募してしまうくらい自分のワンコを世界で一番かわいいと感じているのだろう。
 
私も愛犬家の一人として、自分の犬が一番かわいいと思っている。
あまり躾もできていないが、老犬にしてなおあどけない表情のウチのワンコがたまらなく愛おしいのだ。
誰にも言えない秘密を打ち明けても、黙って聞いてくれて絶対に口外しない聞き上手なトイプードル。時に怒ったり甘えたり、全身で喜びを表現したりととにかく、かわいくて大切な唯一無二の存在である。
 
だが私は間違っても他の誰かに対して「うちの犬、一回見に来て! どこのどんな犬より、絶対かわいいから」とは言わない。
絶対に言わない。
なぜなら、ウチの犬をかわいいと思っているのは、飼い主である私と一緒に暮らしている家族だけなのだから。
オシッコをしても、「お利口さんね、上手にできて偉いわね」と言えるのは、飼い主だけなのだ。よその犬が排泄などしていようものなら、「あちゃー」と目を背けてしまう。
そう、私にとって「きょうのワンコ」は日本中のどの犬よりも、やっぱり自分の犬が愛おしいと再確認する機会をもたらしてくれるコーナーなのだ。
 
人の感情というものは、不思議なものである。
 
ちなみに、私の現在の夫は、私の手料理の中で、ギョーザが一番好きだという。手間暇かかる料理なので美味しいと言ってもらえると単純に嬉しい。
だが、そのことは家の中では言ってもいいが、他所では絶対に話さないように口止めしてある。
なぜなら、私が作るギョーザは、ごく普通なのだ。
材料も分量も毎回適当にやっていて毎回違うのに、「コレコレ! ウチのギョーザ、間違いないね~」と大満足そうに食している。
私のギョーザがこれほどまでに美味しいと感じているのは、夫だけなのだ。
 
それが、私が発見した、嫁のギョーザとワンコの法則。
 
残念ながら、嫁のギョーザが一番美味しくって、うちのワンコが一番かわいいと感じていることに共感してくれる人など、世界中どこを探したって存在しない。
嫁のギョーザが世界で一番美味しいということとウチのワンコが世界一かわいいと感じることは、平凡な幸せの中にあるありふれた幻想なのかもしれない。
 
嫁のギョーザとワンコの法則は、今、自分が幸せかどうかを推し測るバロメーターなのだ。
 
 
 
 
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2019-05-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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