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人事異動は突然に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉田 陽子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
5月も下旬の金曜日、さしさわりのない会話の後に突然切り出された。
「よっしー、異動やわ」
「!?」
 
完全に油断していた。
 
私が勤める企業は、5月決算だ。その為、大きな人事異動は毎年6月1日付で行われるのだが、5月もあと1週間で終わる。今年はもうないだろうと高を括っていたのだ。
上司は続けた。
 
「来週から、本社勤務やわ」
「……」
「……それで、部署は?」
「契約管理部になったわ」
 
終わった。私が密かに『会社の墓場』と位置付けていた契約管理部。
左遷の通告でしかなかった。
 
そこは不夜城なのだ。
ただでさえ残業が多いとされる人材会社の中でも、その部署は格別だった。毎日終電まで煌々と明かりがついていた。おまけに、所属員は全員女性。40人中たったの一人も男性がいない。いたる所にしがらみがある事が、傍から見ているだけでも明らかだった。
 
そしてそこは、お客さんとのやり取りが一切ない部署なのだ。
入社12年目の私は、最初の8年間は外勤の営業として働き、その後4年間は内勤ではありながらも、毎日お客さんと電話やメールでやり取りをしながら、常にお客さんの方を見て仕事をしてきた。『私のホスピタリティを生かせる仕事』と、プライドを持ってやってきたのだ。
そんな私に、ただ黙々と、営業部から依頼されてくる契約内容をチェックしてはシステム操作をするだけの仕事をさせると言うのか!?
 
「ぎょえ~! 契約管理部!! 嫌~!!!」
「でも今回は、他の部署からもたくさん異動してはるわ。よっしーだけじゃないで。しかも皆ベテランさんばっかりや。キャリアを積んだ信頼できる人しか異動させられてないから、よっしーも選ばれたうちの一人やで」
 
いきなり説得にかかられてしまった。
そこは「何で嫌なん?」とか聞くべきとこだろう、上司よ。
私が嫌がる事を予想して用意されたであろう説得の言葉は、契約管理部への認識が共通している事を浮き彫りにさせてしまった。
 
今回の6月1日は、今までにない程に大きな組織編成があるのだという。不夜城の契約管理部隊をはじめ、内部を強化する事で、より強い組織を作っていこうという考えなのだと。そうする事で残業も適正な時間内に収まるようになるだろうと。
その為にはペーペーの若手は入れられない。各営業部から、断腸の思いでベテランを送り出しているのだ、と。
 
そんな説明を素直に受け入れられるはずもなく、頭の中は『なんで私が?』の問いでいっぱいだった。
 
何かやらかしてしまったのだろうか。
いや、でも思い当たる節はない。
お客様からのクレームなんて受けていないし、常に目標数字だってクリアしていた。
部でトップになる事だってあった。
 
「よっしーの数字は上の方で安定してきたなぁ。完全に覚醒したな。これからも頼りにしてんで」
と、一昨日上司との個人面談を終えたばかりだ。
 
実は人間関係で、めちゃくちゃやり辛い存在と思われていたのだろうか。
確かに私が所属していた40名程の営業部は若手が中心で、年齢は上から4番目。直属の上司ばかりではなく、部長でさえ5歳も年下だった。
それでも、仕事上のコミュニケーションは円滑にできていた(と思っていた)し、仕事帰りに後輩から個人的に飲みに誘ってもらったり、それなりに頼られて慕われている実感もあった。
 
そうこう考えを巡らせているところに、上司が言葉を付け足した。
 
「あ! あと、管理部に行くから給料体系が変わるわ!」
 
今まで営業手当として一律で支給されていた月額9万円がなくなり、残業手当がつくようになるという。ところが、残業手当として支給されるのはせいぜい月に30時間分まで、と決まっているそうだ。不夜城のくせに。月30時間で収まるわけがないだろう。
ざっと見積もっても90時間は超えているはずだ。
 
期待されて行くのに、今よりも給料が下がり、就業環境は劣悪になるなんて一体どういうことなのだろうか。
 
左遷しかない。
会社は私を辞めさせようとしている。
それなりのベテランばかりが集められたのも、経費削減効果を狙っているとしか思えない。
 
潮時だな、と思った。
そもそも人材業界というのは、社員の年齢層が低く、離職率が高い。若さと体力がものを言う業界なのだ。新入社員は3年後には3割程度しか残っていない。30代後半なんて、大ベテランの域だ。
 
しかし、こんな想いをよそに、上司はずっとまっすぐに私の目を見て、次の部署や今後の会社の体制の説明を続けていた。
『申し訳ない』という表情でも『可哀そうに』と哀れむ表情でもない。
 
そういえば。前にも同じ事があった。
それは忘れもしない2年前の5月30日。6月1日付で今の部署への異動を言い渡されたのだった。
大きなプロジェクトを受注したが、部内で担当できる人材がいないので助けてやって欲しい、という名目だった。
 
「受けてくれるか?」
「私に選択肢あるんですか?」
「……ない」
 
『なら疑問形で言うなよ』
辛うじて口には出さなかったが、心の中で強めに突っ込んだ事を覚えている。
こんな計画性のない人事。そして大変になる事が目に見えているところに行かされるなんて。その時も最初に感じたのは『左遷』だった。
 
ところが、結果的にみると、その異動は左遷ではなかった。メンバーはとても良い人ばかりだったし、時間はかかったが、野放し状態だったプロジェクトは少しずつ整えられて行き、残業も少しずつ減っていった。1年後には、以前の部署よりも遥かに残業が少なく、ストレスもない安定した日々を送れるようになったのだった。
 
『もしかしたら、今回も本当に組織を良くしようと思っての人事なのかも?』
そんな思いがふと沸き上がった。
切り替えの早さと、ポジティブ思考と、楽観的に物事を考えられる特性は我ながらあっぱれと感じる。
 
私の異動がメンバーに告げられた瞬間、泣いてしまった後輩を見て、少なくとも人間関係はしっかり築けていたのだと安心した。
 
帰宅後には、わざわざ上司から携帯にメールが届いた。
「異動はびっくりしたと思うけど、期待されての異動やという事は間違いない。堂々と胸張って行ってな。そして新しい部署で何かあったら、いつでも俺に相談してきて。これからもよろしく!」
もう私の中の思いは確信に変わっていた。
 
週末を挟んだ月曜日には、早速新しい部署に出社するように指示が出ている。
行く先は天国か地獄か。やってやろうではないか。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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