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思い出の更新の仕方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:丸山ゆり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あ~、風がとっても気持ちいい」
 
先週、沖縄へこれまでの人生で初めて訪れたのだが、今もあの風の心地よさを身体が覚えている。
すでに梅雨入りをしていた沖縄だったが、ずっと太陽が顔を出してくれていた。
そのおかげで、気温の割には空気がカラッとしていてとても過ごしやすかった。
 
私は、これまで旅行というと海外が多く、国内のリゾート地には、なかなか行く機会に恵まれなかった。
今回、思いがけず、半分仕事ではあるものの、沖縄を訪れることになった。
それでも、自由な時間が、仕事の日程の合間にとれることもわかっていた。
出発前には、「現地で、空き時間を見つけては、気の向くままに動いてみよう」というような思いのまま、沖縄へと旅立った。
 
かつて、私が旅行に行くときには、前もってかなりの準備をしてから行ったものだ。
特に、海外旅行では、それなりの費用や時間をかけて行くのだから、その思いは相当に強いものだった。
 
旅先での滞在中には、その時間の全てに予定をびっしりと詰め込んでいたものだ。
その結果、売れていないアイドルよりも過密なスケジュールになっていた。
オプショナルツアーにもたくさん申込み、観光名所は全てまわった。
事前に下調べをして、ガイドブックに紹介されているお店で食事や買い物をするのは当たり前であった。
 
そして、娘と二人でまるでファッションショーかと思うほど、着替えの洋服を持参して、とっかえひっかえ衣装替えも楽しんでいた。
当然、荷物も大量だった。
 
当時はまだFacebookやInstagramなどはなかった時代だが、「思い出」と称して写真も撮りまくっていたものだ。
とにかく、ベストショットを残さなくてはいけない、そんな思いに駆られていた。
 
そもそも、なぜ旅行に行きたかったのかというと、日常生活から離れて、癒されたいためだった。
その土地の良さに触れて、感動を味わいたかったはずだった。
ところが、実際に計画を立て、実行すると、いつも旅行先の方が忙しくなっていたのだ。
旅行に行って、疲れて帰ってきているのだから何をしているのやらわからない。
 
そんなことに、ふと気づいたのが何度目かのハワイの旅だった。
 
そこから、旅行先での過ごし方をグッと変えていったのだ。
 
まずは、あんなに過密スケジュールだった滞在中の予定は、ほとんど入れないことにした。
こことここだけは行きたい、でもあとはノーアイディア、そんな予定の立て方だ。
 
スタバで本を読んで時間を過ごすこともあった。
ただ、夕暮れのワイキキビーチで波の音を聴いていたこともあった。
 
そうすると、不思議なことに、やっとハワイの空気を感じることができるようになったのだ。
もう、何度めのハワイだったかしれないのに。
 
「そうか、ハワイにはこんな風が吹いていたのだ」
 
「ああ、波の音はこんなに耳に心地よかったのだ」
 
そして、
「ローカルの人たちは、こんなにもくったくのない笑顔で接してくれていたんだ」
 
有名な観光地や流行りのレストランでは、味わえなかった感動だったのだ。
そんな当たり前の、ずっとそばにあったことにやっと気づけたのだ。
 
そこから、写真に対する考え方も変わっていった。
 
思えば、有名な観光スポットや、言葉では表現できないような海の青さを、いつも私はカメラのファインダー越しにしか体験できていなかったのだ。
 
とにかく、旅の記念となる写真を撮らなくてはいけない。
一枚でも多くの写真を残さなければならない。
そんな思いが先に立って、私の感動はいつも後回しだったのだ。
 
しかも、大した性能ではないようなカメラを使って、お粗末な技術の私が撮る写真が、どのような程度のものかはご想像いただけるであろう。
どうでもいいような写真が膨大に生産されていくことには、何の意味もなかったのだ。
 
そして、旅先での瞬間の感動を大切にしようと決めたとき、ほとんど写真に思い出を残すことはなくなっていた。
 
それだと、旅行での思い出がなくなるのではないか?
そんな疑問を抱かれるかもしれない。
 
ところが、その答えは、ノーである。
 
そうそう、今でもハワイでの思い出を娘と時折語ることがある。
 
私「ハワイの最終日の夜、チャイニーズレストランのバルコニーから見たサンセット、覚えてる?」
 
娘「うん、きれいだったね。まるで光のカーテンみたいだった。グレーのキャンバスに朱色のインクを流し込んで行ったようなサンセットを、お母さんの背中越しに見たときは、感動したよ~」
 
夕食のオーダーを決めながら、食前酒を楽しんでいる欧米の家族たちの笑顔に満ちた会話。
食事をすすめているテーブルからの中華料理の香辛料の香り。
静かな夕暮れの海を走る波の音、ほほをなでる温かい風。
 
今でも目を閉じると思い出すのは、映像以外の感覚で記憶に刻まれた旅の風景なのだ。
 
写真に残すことがなくても、心のホルダーに残した思い出は、色褪せることも、忘れることも決してないのだ。
 
その旅を味わった者どうし、語り合うたびにその内容は鮮やかに更新されていくのだ。
これからも永遠に。
 
 
 
 
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2019-05-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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