人生という舞台のプリマ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:海風 凪(ライティング・ゼミ日曜コース)
※この記事はフィクションです
そこに誰かがいるのはわかっていた。
彼の行きつけの居酒屋のママが、わざわざ私に電話してきたから。
「水木ちゃん、美女連れてきたよ。今帰ったよ」って。
意図してなのか、深く考えていないのか、「美女」って言葉を使って。
彼と付き合いだして1年半になる。
もっとも付き合っていると思っているのは私だけで、彼はそんな気はないかもしれない。
彼とは居酒屋で知り合った。隣席で声をかけられ、話が弾み、それから会うようになった。居酒屋で飲んで、彼の部屋に行く。
そんな関係が1年半続いている。
そろそろ何とかしたい。
幼いころからクラッシックバレエを習っていた。母が、子供にバレエをさせるのが夢だったらしい。一人娘だったから、両親の愛情と、期待を一身に受けて育った。子供のころはチュチュを着て踊るのが楽しかった。皆が「かわいい」、「上手」、とほめてくれるのがうれしかった。発表会は、皆に注目してもらえ、ちやほやしてもらえる最高の舞台だった。
けれど、いつまでも褒められて喜ぶだけの子供ではいられない。
いつしかコンクールに出たいと思うようになった。渋る講師を何とか押し切り、小さなジュニアコンクールに出た。
結果は、惨敗。小さなレッスンスタジオのトップだというプライドは、あっという間に叩き潰された。有名なバレエコンクールで賞を取って世界に羽ばたくなんて甘い夢は、中学三年生の春に遠い彼方に飛んで行った。
高校の時もバレエはつづけた。一流バレリーナなんて夢はとっくにあきらめていたけれど、子供のころから慣れ親しんだバレエは捨てられなかった。
「女の子も短大くらいは出とかんば、よか相手ば捕まえられん」という母の言葉に従って、地元の短大へ進んだ。同時に、クラッシックバレエではなく、シアターダンスをやり始めた。バレエとダンスは似て非なるもの。ダンスを下に見ていたわけではないけれど、シアターダンスならば私でも舞台で賞賛も受けられるのではと思った。子供のころから両親におだてられて褒められてバレエを続けてきていたから、褒められる、認められる、その快感を再度得たかった。
短大を出て4年。ダンサーとして、自立できる収入はない。自立できる見込みもない。自分の才能の限界は、とっくに気づいていた。
この春で24になる。彼は36。ちょうど一まわり違う。
何度も両親に会ってほしいと頼んでみた。彼は決して会うとは言わない。
起業して仕事が忙しいのはわかっている。だから急かさず待っていた。
「彼ば離したらつまらんばい。女の幸せは、男の経済力や」
そう言って、母は早く彼を捕まえろという。
わかっている。私だって。
財閥系企業の社員として、東京から転勤してきた彼。独立して、その会社と取引している。この地は主な産業が一次産業と造船業だ。その中で、東京から転勤してきた彼は、この上なく条件が良い相手になる。たとえその会社を辞めて起業しているとしても。
他の女に渡すわけにはいかない。
ママから電話をもらって、30分待ってから彼に電話をした。焦れるような、時計の進みがやけに遅く感じられる30分。数回の呼び出し音の後、彼の声が聞こえた。さりげなく聞いてみる。彼の部屋に誰かがいないことを願って。
「今日どうだった?」
彼は、今日は用事があると私に言っていた。
ママから電話があったことは言わない。言ってたまるものか。
「ねえ、私のこと好き? 愛してる?」
電話の向こうで沈黙が続く。
まだいるのね、誰かが。
電話の向こう、彼の部屋にいる誰か。
その誰かに聞かせるように、もう一度言ってみる。
「ねえ、私のこと好き? 愛してる?」
「そんなことは言えない。くだらない」
「誰かいるの?」
「誰もいない」
彼の声が返ってくる。
再度繰り返す。
「ねえ、言って」
彼もオウムのように繰り返す。
「そんなことは言えない。くだらない」
「じゃあ、またな」
電話が切れた。『ツー、ツー、ツー』という音だけが、まるで私を拒絶しているかのように耳に残る。
彼の部屋に飛んでいきたい。飛んで行って、その誰かを追い出したい。
今の私にとって大事なのは、幸せをつかむこと。彼を捕まえること。
迷っている暇はない。夜は長い。
明日、彼と籍を入れる。
今、私のお腹には、彼の子供がいる。彼はもう逃げられない。
打算かもしれない。やり方が汚いという人がいるかもしれない。
けれど私は勝ったのだ。知らない誰かに。あの時の誰かに。
彼は、私のもの。
憧れたプリマ。
私は、私の人生の中で、そして彼の人生の中で華麗に踊ってみせる。
舞台の主役は私だ。
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