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憧れだった親友の死と、ご家族それぞれの人生


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:やまもととおる(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「息子が成人して一緒に酒でも飲めるようになるまで、多分、というより間違いなく生きていられない自分の情けなさを思うと、涙がとめどなく流れた」
 
これは、親友が、亡くなる1年前の’96年10月26日に、入院中の病室で、綴っていた小さなノートに書いたものだ。
 
僕たち中学・高校の同級生たちは、彼が難病で入院していることは聞いていた。
彼には、何としてでも生き続けていて欲しかった。
しかし、’97年11月28日、彼はこの世を旅立った。まだ42歳の若さだった。
 
新聞記者として活躍していた親友を、突然、重度のB型肝炎が襲った。
’91年に、初めての入院。’97年まで6年間。11回も入退院を繰り返したのち、亡くなった。
この悲しい嘆きの言葉が、小さなノートの「闘病日記」に書かれたのは、8回目の入院時であった。
 
彼と僕は、同じ中学、同じ高校、同じ大学の同級生で、仲が良かった。
大学では、彼は文学部で僕は法学部。しかし二人とも新聞記者を目指していたので、よく話をした。
普段は寡黙な彼が、文学や哲学、作家や新聞記者の話になると、すこぶる饒舌になった。
彼が教えてくれる色んな文学の世界。僕はいつも魅せられて、夢中になった。
また彼は持久走同好会で、マラソンもやっていた。身体もしっかりと鍛えていたのだ。
 
だから、僕は、彼に強く憧れていた。
僕は新聞記者にはなれなかったが、彼は’78年に念願叶って新聞社に入社した。
社会部の事件記者を経て、希望する文化部へ移り、文学部出身としての才能が一気に花開いた。
 
誠実な性格から、多くの作家や文化人に愛された。
現役で活躍しつつ、将来も嘱望される、腕利きの記者だったのだ。
そんな彼が、何故、突然、重いB型肝炎に見舞われなければいけなかったのだろう。
彼は、この世に、多くのことを思い残して人生を閉じたのだと、僕たちは思った。
 
「偲ぶ会」を開きたくて、職場の方々や同級生たちで募金活動をやった。
そして開催された’98年末の「偲ぶ会」。
会場に入り切れないほど多くの人が来られて、彼の思い出話に花を咲かせた。
 
募金のお金で、100ページにも及ぶ「追悼文集」を発行した。
著名作家や詩人、大学教授、絵師やデザイナー、新聞記者、上司、学校の友人など、多くの方々から彼の死を悼む文章が寄せられた。私も僭越ながら、友人として拙文を載せていただいた。
その「文集」には、遺品から見つかった彼の数冊の「思索ノート」や、病室で書かれた「闘病日記」が、20ページに抜粋して掲載された。
 
「思索ノート」には、極めて豊富な読書歴に裏打ちされて日々考えた事々や、記者の仕事への熱い思いが、また「闘病日記」には、病気に苦しむ辛い日々の記録とともに、奥様と二人のお子様への、愛情溢れる、様々な語りかけが書かれていた。冒頭の、悲しい嘆きの言葉もその中にあった。
 
今思い返せば、彼が亡くなってから、既に20年以上の歳月が流れている。
その間、僕たちが、「本当に良かったなあ」と思ったことがある。
僕たちは、彼のご家族の皆さんと交流を続けることで、それを知ることができた。
 
最初は、7回忌になる’03年に、お嬢さんから同級生宛に届いたメールだった。
そこで僕たちは、お嬢さんが教育大学に進んで教師をめざして頑張りつつ、テニスに夢中になっていること。息子さんがその年に高校受験であること。そして奥さんが、介護の仕事で忙しい毎日を送っていることを知った。
 
’07年の奥さんからの年賀状では、お嬢さんが中学と高校の国語の教師となったこと。息子さんが大学に入って一人暮らしを始めたこと。そして奥さんは介護士として、体力をつけるためジョギングや水泳やヨガで日々身体を鍛え、皆がそれぞれ元気に頑張っている、との近況が書かれていた。
 
読書家だった親友のお嬢さんが、国語の先生になった。
マラソンで身体を鍛えていた彼を彷彿とさせるように、奥さんがお年寄りのパワーに負けないようにと、日々身体を鍛えて頑張っている。
それだけで、僕たちは、凄く嬉しくなった。
 
そして、’16年に神戸で開いたミニ同窓会。
親友が亡くなった当時10歳だった息子さんが、招待に応じて出席してくれた。
あれから19年。そこで僕たちは、さらに素晴らしいお話を伺った。
 
彼は、大学を卒業して、最初は印刷会社に勤めていたらしい。
しかし改めて、「偲ぶ会」で配られた父親への「追悼文集」を読んで、「自分も父が志していた新聞記者になりたい」の思いがつのり、新聞社への転身を図ったという。
そして、’13年に、縁あって兵庫県の有力地方新聞社に入社した。
今は、経済部の新聞記者となって、活躍しているというのだ。
 
出来すぎの作り話のように聞こえるかもしれないが、全くの実話である。
 
「成人して一緒に酒を飲む」という親友の夢は、残念ながら叶えられなかった。
しかし彼は、空の上から、お子さんの成長された姿と、奥さんの頑張りを黙って見つめながら、ご家族に向けて、大いに祝杯をあげているんだろう、と思う。
 
憧れだった素晴らしき親友が、今は天国で、そうした安らぎの日々を過ごしていると、僕たちは心から信じている。
 
 
 
 
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2019-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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