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医学部に入る理由なんて、「なんとなく」でいい、とあの頃の自分に言ってあげたい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:鈴木亮介(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 

そのとき僕は、わけも分からず泣いていた。涙がぼろぼろあふれて、頬をしたたり落ちた。なんだか、自分が壊れていくような、そんな気がした。
 
僕はその少し前、高校で医学部の志望理由書の添削を受けていた。センター試験を1カ月後に控え、迫りくる受験当日に向けて、ピリピリし始めていた頃だった。
「なんかさー、つぎはぎだらけなんだよね」
志望理由書をみてくれた先生はそう言った。
「人の命を救いたいとか、社会貢献したいとか、ありきたりの言葉ばっかり並べられてて、きみ自身が全然見えてこないんだよね……」
僕は顔を曇らせた。
「医学部入ったら、人生決まっちゃうんだよ。医者になるしかないんだよ。
きみさ、ほんとうに医学部行きたいの?」
 
その先生の言葉が耳に残った。ぐるぐると頭を駆け巡った。
僕は今まで医学部に行くことを、そこまで重く考えたことはなかった。
医学部に行ったら、人生が決まってしまう。
日本兵が特攻隊を志願する瞬間のように、ここで医学部を選んでしまったら、後戻りはできず、その先にはただの一本の道しか残されていない。
そんな人生のシリアスな選択をたった今、自分が迫られているのかと思うと、僕は急に足がすくんでしまった。
ほんとうに医学部行きたいのか?
のどの奥に飲み込めないものを抱えたような気持ちで、僕は仙台駅の地下通路をあてもなく歩いていた。
 
当時の僕は、数学少年だった。
時間も忘れて、整数のふるまいや天体の運動に思いを巡らしたりするのが好きだった。
しかし、いつかこの時間が終わることもわかっていた。
数学や物理のような純粋学問の世界で食べていけるのは一握りの天才だけ。
僕はすでに分かっていた。自分には天才的な頭脳があるわけではなく、僕が活躍できるのは受験の範囲でしかない。さらに僕は既に確立された数式を追体験するのが楽しいだけで、数学や物理の理論を自ら構築したいと思えるほどの情熱を自分の中に見出すことはできなかった。
じゃあ、医学部はどうかな? と思い始めたのが、医学部をめざした正直なきっかけだ。
高2の3月から僕は突然医学部志望になった。そのときの自分を一時的に納得させるだけの、かりそめの理由をこしらえて、僕は「医学部合格」という目標を掲げて、再び数学の世界に没入した。数学や理科にいそしみ、のめり込むことで、受験が終わった後のことを、そして将来のことを、考えることから逃げ続けていた。
そして今、ずっと見て見ぬふりをしていたその問題に、向き合わなければならなくなった。
 
僕は何がしたいんだろう、、、
 
高校生活はそれなりに充実していた。勉強も部活も全力でやったし、一生涯の親友にも出会えた。
高校という世界の中では、僕にはしっかりとした「自分」があると思っていた。
でも、「将来何がしたいか」という問題の前では、全く「自分」がなかった。
その問いの前では、途端に自分がもろくなった。
やりたいことが、なかった。
 
夜の地下通路をふらふら歩きながら、そう気づいてしまったとき、ふっと何か溜まっていたものが出てきたように、僕は泣き出してしまった。
今まで築いてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れた。
通路の壁にもたれかかって、座り込んで。
嗚咽をこらえる手が小刻みに震えていた。
 
僕はどこに行けばいいんだ……
 
僕はその後、本気で医学部についての情報を集めた。
そして僕の人生を振り返った。
そして高校の先生にも部活の友だちにも相談した。
でも、どんなに考えても、僕には医者を志す動機なんてなかった。
高校生の僕には、死に向き合うとか病める人に寄り添うとか、そんなシリアスさを、実感をともなって認識できなかった。
当時の僕にとって、医者はファンタジーでしかなかった。
「なんとなく」以外に答えはなかった。
 
悩んでも答えは出ない、と僕は結論づけた。
この悩みに蓋をして、目の前に迫っていた受験をなんとか越えようと思った。
結局、確固たる理由もないまま、僕は医学部に来てしまった。
 
あれから4年が経った。
今になって思う。
それでよかった。「なんとなく」でよかった。「なんとなく」のままで、全然よかったんだ。
入学してから授業や講演会でいろいろな人の話を聞けた。そこで多くのロールモデルを見つけることができた。
医学部に入ったら、か細い一本の道をただ進み続けるしかないと思っていた。
けれど、そこには医学という「場」があって、その「場」から無数の道が伸びていることを知った。
悩んでしまうくらいに、多くの道があった。
 
良い同級生にも恵まれた。
彼らは、突撃前の特攻隊員のように、既に決まっている未来の前に、つかの間の青春を楽しんでおこう、という人たちではなかった。
医療という広い世界の中で、どういう道に進みたいかを模索する人たちだった。
どういう医師になりたいかだけでなく、どういう人間になりたいか、を考える人たちだった。
 
悩むための環境は、高校じゃなかった。
医学部に入る前じゃなかった。
医学部に入ってからで、よかった。
 
低学年の頃は、医学部以外に進めばよかったかもしれない、と悩んだこともある。
でも医学部で4年間過ごして、僕は悩まなくなった。
今の心境は、結婚して初めて子どもを授かったパパと同じ気持ちだと思う。
「この人」がいいと思って結婚したけど、結婚後に今まで見えなかった微妙な価値観のずれを感じて、「この人でよかったのか」と疑念が生じることもあるけど、時が経つとそんな些細なことは気にならなくなって。
そして子どもができて、目の前に新しい家族というものが見え始めると、もはや「この人でよかったのか」なんて思わなくなって、「この人と一緒にどんな家庭を築いていこうか」と考え始めるようになる。
僕は今、そんな心境だ。
5年生になって病院実習が始まり、医者のリアルが見え始めて、
僕の関心は「医学部でよかったのか」から「医学部、そしてその先の医療という場で自分はどう生きたいか」に移っている。
今興味がある診療科は、高校生の時にはその存在さえ知らなかった。
医学部に入らなければ、絶対に知ることはなかった。
はじめは「なんとなく」だったけど、今は医学部に入って良かったと心から思っている。
 
先日『宇宙兄弟』を読んでいて、ある言葉に目が留まった。
宇宙飛行士の選抜審査を前に、主人公のムッタが、子どものころから見守ってくれていたシャロンおばさんに久しぶりに会いに行く場面だった。
周りの候補生が宇宙飛行士になってからの具体的な目標を持っていることを知って、少年時代の憧れだけで自分が宇宙飛行士を目指していいのかと、ムッタは悩んでいた。
 
「いいのよ、それで」
シャロンは続ける。
「悩むなら、なってから悩みなさい」
 
この言葉に、もっと早く出会いたかった。
悩むなら、なってから悩みなさい。
死ぬほど悩んでいたあの頃の自分に、一番言ってあげたい言葉だった。
 
 
 
 
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2019-06-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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