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メディアグランプリ

おなかの中にいた、100㎜の肉塊が消えた時


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐々木ちはる(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
あっけない、と思った。痛むのは引きつった縫合跡とカテーテルを入れられたままの尿道・点滴の刺さった腕だけで、おなかの中にあった100㎜の肉塊は感覚も残さず、忽然と姿を消していた。全身麻酔の恐怖から目覚めた時には、平熱からだいぶ下がった体温と息苦しさに混乱していて、患部のことは毛ほども意識していなかった。数日後、歩けるようになった私に先生が見せてくれた写真をみて、ようやく「子宮」を意識する。ブラックジャックの顔に張り付いているような黒く太い縫い跡のある子宮の姿と、バットの上に積まれた薄っぺらい肉片。私は100㎜×100㎜の子宮筋腫を摘出したばかりだった。
 
「もしかして、私の生理は“重い”のかもしれない」と思い始めたのは、高校1年生の頃。予定より早く始まってしまった生理に焦って、一つ前の席の友達にナプキンを借りた時だった。額に脂汗を浮かべながら、早くトイレに行かなければ椅子が血で汚れてしまうと力説する私に、友人は「大丈夫なの、それ」といった。
出血の3日前から頭痛と皮膚の張りが現れ、10日間きっちり体調不良。身体を絞るようにして血の塊を吐き出す子宮に翻弄されて学校を休み、冷えて浮腫んだ足をさすりながら痛み止めの薬を常用する――大丈夫なわけがない。
それでも“個人差があります”と書かれた保健の教科書を思い出しながら、「ありがと、大丈夫」とだけ返事をした。「世の中には、生理が軽くてラッキーな人もいるんだなぁ……」
友達が貸してくれた“薄くて、はねなし”のナプキンを見ながら、ぼんやりそんなことを思ったのだった。
 
それから数年後、年々痛みを増す生理は変わらず私を苦しめていた。10分……20分……フローリングの上で正座をしながらおなかを抱えてうずくまる、“いろんな角度から腹部を圧迫して痛みに耐える技”もおなじみになっていた。薬で抑えられる痛みはあっても、おなかの中がつりそうな苦しみは消えてくれない。布団に入っても少し寝返りを打てば、シーツに血が垂れてしまう。時々血の塊に交じって、白っぽい皮膜を見つけることもあった。「子宮なんていらないよ!」と何度思ったことだろう……。
汗と涙が頬を伝う中で頭によぎったのは、来月から始まる仕事への不安だ。「社会人になる前に、どうにかしないとヤバいよね……」痛みが治まらないおなかを抱えて、産婦人科を受診することにした。
 
子宮の大きさは70㎜程度だというので、22歳にしてはよく育った子宮筋腫だったのだろう。
エコーをとったオバチャン先生は100㎜の筋腫を見るなり、「こんなに大きくなるまで放っといたんかね!」と大きな声をだした。筋腫があったこと、筋腫のせいで月経困難症になっていたこと、そしてなにより「放っておいた」と思われるほどに“異常”に気がつかなかったこと……冷たい診察台の上で、私はだいぶショックを受けた。1時間以上待つ産婦人科の待合室を超え、大きな病院への入院が決まり、手術中の出血に備えた自己血採取や各種検査をこなしていった。麻酔をかけられてあっという間に終わってしまった手術の後には、1ヶ月の安静期間もあった。私の体から100mmの肉塊を取り出すのには、たくさんのお金と時間と体力が必要だったのだ。
 
それでも、今。平らになったおなかを見て、手術をして良かったなと感じている。今でも手術痕は消えないが、毎月の憂鬱な10日間がなくなった。軽くなった生理で汗が滲むことはなく、子宮はサラリとした血を流すばかりでおとなしい。「普通でない」生理を体験したからこそわかる「普通」の生理――もしかすると、あなたの憂鬱も「普通でない」かもしれない。
 
痛み、苦しみ、辛さ、悲しさ――そういった心身を蝕むモノたちのやっかいなところは、「普通」という基準がないところだと思う。
「あの子より辛いけど、あの子よりは辛くない」
「これくらいの痛みは皆、我慢している」
私自身、そんな言い訳を自分に言い聞かせながら痛みや苦しみをやり過ごしてきた。一見、誰かと比較することで客観性のあるような言葉たちも、振り返ってみれば根拠は何もない。痛みは数字にならないし、感じ方は人それぞれ……そんな当たり前のことも、自分のことになるとわからなくなるのは、よくあることなのだ。
 
もし、あなたも毎月の生理で憂鬱になっているのであれば、一度婦人科系の病院を受診してみてほしい。激混みの婦人科待合室、休めない仕事、手間のかかる術前、必要なお金……毎月の生理に慣れている自分は、様々な言い訳をするだろう。それでも「痛み」は体からのSOSであるということを忘れないでほしい。今回、私の腫瘍は“良性”のものだったが――細かく切り取られた肉塊を目の前にして初めて“悪性”だった時のことを想像し、怖くなった。「子宮なんて、取っちゃいたい」とあんなに思っていたはずの、私でも。
 
「うん、術後の経過も良好ですね。傷もきれいに塞がっているし、出血も自己血の範囲内に収まりました。昨晩少し嘔吐があったようですが、痛み止めを変えて安定しましたね。強いお薬なので、副作用が出る方もいるんですよ。もう大丈夫ですか? 退院後は低用量ピルとロキソプロフェンを飲みつつ、1ヶ月後の再受診まで様子を見てください。何かおかしい、痛みが残る……そうしたことがあれば、すぐに相談してくださいね。それでは、お大事に」
 
最後に、担当の先生はそんな言葉をかけて私を送り出してくれた。
お大事に――そう、かけがえのない大事なものを守る初めの1人は、私/あなた自身なのである。
 
 
 
 

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2019-06-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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