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メディアグランプリ

微妙な知人に裸を見せる練習


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久保田真凡(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
私は文章を書くのが苦手だ。
 
中学・高校の読書感想文は、毎年いかに提出せずに逃げ切れるかということしか考えてなかった。提出期限を過ぎ、先生に詰め寄られ、泣く泣く出した感想文は、おおよそあとがきや帯文からヒントを得たもので「こんなの出す意味あるのか」と思うような内容だった。
 
そもそも学生の頃の私は、本を読むことが嫌いだった。いつも本を読んでいると、途中から退屈になって、最後まで読める気がしなかった。今思えば、退屈にならない本を読んでいたら、面白いと感じて完読できていたのかもしれないが、当時はどうやって本を選べば良いのかも分からなかった。
そういうわけで、私は学校が提示する課題図書を最後まで読んだ試しがない。退屈以外の感情が持てない本について、「あなたの感想を述べよ」と言われても、何も出てこなかった。そして、取り繕って書いた薄っぺらい感想文で、自分を評価されることをひどく嫌っていた。
 
自分の苦手分野を他人に晒すのは、裸を見られるのに相当する恥ずかしさがある。自信の無さからくる劣等感は実に耐え難い。見られる相手が微妙な知人であればあるほど。
 
当時の苦手意識が残っているのか、未だに私は本を読まない。けれど、文章は書けるようになりたいと思っている。
理由はある人から「記事を書いてみないか?」と頼まれたからだ。
 
最近「やりたい事を仕事にする!」とか「好きなことで仕事をする!」とかいう類のフレーズが出回っているが、私は自分がやりたいことや、好きなことが良く分からない。
「やりたいな」と思っても、家庭と仕事と、その他諸々のバランスを考えると「そこまでしてやらなくてもいいかな」と思うし、「私はこれが好き!」と感じても、私よりもっとそれに心酔している人を見ると「軽々しく好きなんて言ってごめんなさい」と思ってしまう。得意と感じることも、当然のように上には上がいるので口に出すなんて、おこがましくて到底できない。
 
そんな私だからか、私自身が気付いてない何かに期待して、私に用を依頼してくれた人には、一生懸命返したいと思ってしまう。そんなわけで、私は記事を書くことを容易に引き受けてしまった。そう、「しまった」のだ。
 
文章を書くのが苦手な私ではあるが、Facebookは7年ほど続けている。主には子どもの記録を投稿しているのだが、これは自分のためだ。Facebookを辿れば、写真とともに当時の自分の気持ちを振り返ることができる。独り言のように記録できるFacebookの気軽さが合っているからか、書くことも面白くなっていった。
 
しかしながら、今回の依頼はわけが違う。私の書いた記事のその先に、読んで欲しい読み手がいる。記事には伝えたいメッセージがあって、それは読み手のメリットになる必要がある。
当たり前だが、これまでそんな文章の書き方をしたことのない私が書けるはずがないのだ。なのに、私は引き受けてしまった。
 
「努めるしかない。依頼されたプロジェクトの主旨に対する理解、ターゲットの解釈、書く練習、あとは何かできるだろうか・・・・・・待てよ、書く練習? そうだ、ライティングの講座を受けてみよう」
 
私は天狼院のライティングゼミを受講することにした。
このゼミには毎週2000字程度の課題提出がある。課題に対し講師陣がフィードバックをしてくれるわけだが、提出した文章やフィードバックは、ゼミ生も見ることが可能だ。
未熟な私の文章を、なんなら未熟な私そのものを、不特定多数の人が見ることになる。一瞬「大丈夫か?」と不安がよぎったが、その次の瞬間には申し込んでいた。なぜなら私には、私に依頼をしてくれたその人に「頼んで良かった」と感じてもらう使命があるからだ。
 
初回の提出は、それはそれは緊張した。投稿ボタンをクリックするのにどれだけの勇気が必要だったか。苦手な文章を書くことよりも、未熟な自分を晒す勇気を持つことの方が、私にはよっぽど難しい。
 
投稿後、時間が経過するにつれて、既読者数が増えていった。ソワソワが加速する。このうちのどれだけの人が自分の記事を最後まで読んでくれただろうか。どう感じているのだろうか。気になってしかたがない。
まるで丸裸にされた気分だった。どうすることも出来ない状況の中、「見ないでセンサー」だけが無駄に発動している。自分の自信の無さに、こんなに不安にさせられたのは久しぶりだった。
 
数日経って講師のフィードバックがあった。投稿は「面白かった」と言ってもらえた。嬉しかった。この感情も久しぶりだった。社会人になって以降、仕事以外で評価されたのは数えるほどしかない。
 
振り返ってみると、子どもの頃に習っていたピアノもダンスも英語も、披露する場があったから上達したように思う。習い事を辞め、披露する場が無くなった今、その実力は見事に落ちている。やはり人前で披露することは大事だ。コソ練もたくさんしたが、上達したのは披露して、失敗して、周囲のいろんな反応を受け止めて来たからだと思う。
 
私はまだ自分の文章を微妙な知人に披露する覚悟が出来ていない。WEB天狼院書店にアップされたにもかかわらず、嬉しかったにもかかわらず、拡散できない自分がいる。
スーパー銭湯の浴場でママ友に出くわしても、堂々としていられるのに、心や思想を見られるのは吐きそうなほどに恥ずかしいのだ。
 
私は、残り14回の課題で、書く技術に加え、自分を晒す勇気も養う必要がある。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2019-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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