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メディアグランプリ

学校は子どもの芽を摘む場所だった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:池田和秀(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
あえて言う。日本の学校は子どもの芽を摘む場所だ。少なくとも私にとっての学校はそうだった。
私はずーっと、自分のことを絵が描けない人だと思い込んでいた。それは、小学校で刷り込まれたものだ。
鮮明な記憶として残っている最初は小学2年生の時。運動会の絵を描く授業だった。私は画面一面にたくさんの人を入れたくて、黙々と棒人間を描いて完成させた。すると担任教師はこう言った。「こんな人間おらへん。ちゃんと体を描きなさい。描き直して」 次の記憶は、4年生の時。夏休みの宿題に、家族旅行でケーブルカーに乗ったことを絵にした。空から見たケーブルカーの絵だった。2学期が始まり、その絵を担任教師に手渡すと、一目見るなり「ほんまにこんな風景見たんか? 上からなんて見えるはずあらへん。この絵はウソや」 私は下を向いて黙るしかなかった。そして5年生の時。蒸気機関車を写生して水彩絵の具で描いた。他の子は本物そのままに黒の絵具で塗っていたが、私はクリーム色の機関車にして優しい色合いの絵にした。今振り返れば「これって印象派の色使いなんだよ」と当時の自分に教えてあげたいが、その時の教師は何もフォローしてくれなかった。黒い蒸気機関車の隣に貼り出された自分の絵が恥ずかしかった。
こういう経験の積み重ねの中で、私は「絵が苦手」という自己像を作り上げた。だから中学校の美術の授業を最後に、私は、絵を描く事とは無縁の人生を過ごしてきた。
ところがその私が、30年近い空白を経て絵を描くようになり、今ではグループ展に参加したり、田舎の小さなトリエンナーレに出品したり、プロではないけれど、作品を創る楽しさを手にしている。
私が絵を描くようになったきっかけは、偶然の出会いだった。福祉関係の仕事をしている妻が、ある時、私に「ボランティアをしてくれない?」と言ってきた。妻は公民館で開いている高齢者向けパステル絵画教室のお世話役をしていた。たまたま別の仕事が重なったために、1日だけ、道具を運んだり机をセットしたりといった係を引き受けてほしいというのだ。その日が休みだった私は、気安く請けおった。
そして当日のことだ。自分の役割を終えて、教室の隅で参加者を見守っていると、先生が「せっかく来たんだからあなたも描いていきなさいよ」と声をかけてきた。「えーっ、描けないよー。恥をかくのは嫌だあ」と心の中で思いながらも、先生に促されてパステルを握り、リンゴとオレンジを描いていった。そうしたら、楽しかったのだ。30年間の思い込みの壁が崩れた瞬間だった。そこから週1回、この先生のパステル教室に通うようになり、それをスタートに、デッサン、アクリル画、油絵、日本画という流れで、絵の面白さに入り込んでいった。
そんな絵画修行の道のりの中では、ある一人の「先生」との幸運な出逢いがあった。
私は、絵が上達したくて、いろんな教室を巡り歩いたのだが、その中には「私に習う以上は、私の言うとおりに描いてもらいます」と言い切る人もいたし、私が描いた絵に横からどんどん手を入れて、全く違う絵にしてしまう人もいた。そのたびに「こんな絵を描きたかったんじゃないのに……」という思いが広がり、「これじゃあ絵を描く意欲がなくなっちゃう」とネガティブな思いに囚われた。
しかし、この「先生」は違った。まだ開いていない私の個性を見つけようとし、その個性が開かれていくようにとのまなざしで接してくれた。もちろん、絵画が成立するための基本的なことがきちんと身に付くように指導しつつ、その先の表現が個性として伸びていくように寄り添ってくれた。「あなたはどんな絵を描くようになるのかねぇ。楽しみだねぇ」というのが「先生」の口癖だった。この「先生」と出逢えたから、私は絵を続けることが出来たのだと思っている。
私が絵画修行の中で目の当たりにした、型にはめていこうとする先生の姿や、自分の言う通りにさせようとする指導のやり方は、絵画だけでなく、日本の教育場面に大きく横たわっているもののように思う。小学校時代のあの教師たちの言葉も、教師個人の資質もあるとはいえ、当時の日本の教育観が背景にあるはずだ。私の小学校時代は、詰込み教育がピークに達した1970年代だ。あるべきものを身につけることが教育だという教育観が主流だった。小学校の担任教師は美術教育の専門家でもないし、欠点を指摘して、正しく直させるのが教育だと思っていたのだろう。私の人生に出来た絵と無縁の30年間はその賜物というわけだ。
日本の教育は、詰め込み教育への反省からゆとり教育の時代になったり、脱ゆとりの時代になったりしているが、子どもをどういう存在と見るかは、変わっていないのではないか。つまり、足りないところを足してやろう、持ってないものを身につけさせよう、という子どもへのスタンスがある。ここでは欠点があることが前提だ。その欠点を何とかしてやるのが良い指導ということになる。けれど、子どもというのは、そもそも可能性の塊なんじゃないか。その可能性が人生の中でどう開けていくかは、誰にもわからない。だから、その子が持つ素晴らしさの芽が伸びていくように、芽を摘むことがないように、大人は暖かい言葉の日差しを与え続けてあげればいいのだ。私が大人になって出逢った「先生」のように。
 
 
 
 
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2019-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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