メディアグランプリ

荒波を一緒に乗り越えて、さらなる荒波をゆるりと進む


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記事:松尾 美紀(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
歯科医師の弟がクモ膜下出血で倒れ、急きょ私が歯科医院の経営をになうこととなった。
事務屋として25年以上のキャリアはあるが、経営者としてのキャリアはない。
学生時代の会計事務所でのアルバイトからはじまり、質実剛健な公務員としての事務屋、そして結婚後には2代目である主人が経営する超零細工場の事務屋としてやってきた。
歯科医院の経営は門外漢である。
しかし6名のスタッフたちを抱えており、彼女たちの生活の糧を途切れさせることはできない。
 
実は10年ほど前から、弟の歯科医院で夕方のスタッフが少ない時間帯に、2時間ほど受付業務などを手伝っていた。
歯科医師の手配と、レセプトコンピューターの入力さえなんとかなれば、回せないことはない。
事務作業はお手のものだから、経理関係は万全だ。
 
弟のネットワークを大いに利用して、2ヶ月だけだが大学同窓会から歯科医師の手配はしてもらえた。
レセプトコンピューターについては、最初の2日間だけは専任でネットからのサポートをお願いできることとなった。
スタッフたちを集めて、事情を説明して、代診の歯科医師が働きやすい診療所作りをしつつ、急場を乗り切り続けるだけの日々。
 
まず2ヶ月はなんとかなる。
しかし、その先はどうする? と悩んでいたら、歯科技工所さんから「〇〇先生にお願いしては」との助言をいただく。
ほんの数ヶ月前に歯科医院を閉められた先生である。
歯科技工所さんからのお口添えもあり、3年ほど前に歯科医院を閉められた△△先生と交代でならいいよとのお返事をいただき、曜日を割り振ってお願いすることとなった。
 
そしてここからは、○○先生と△△先生が働きやすい診療所作りである。
毎日の先生方の動きを把握して、スタッフたちの見事な連携プレーで、どんどん環境が整っていく様は、見ていて惚れ惚れした。
環境作りは今でも続いている。“より良い環境で診療し、より良い環境で受診していただく”との精神の元で。
いろいろなミスも起こるし、技術職だけど、接客業でもあるから、患者さんとの対応における悩みや、スタッフ同士の不和が生まれることだってある。
それでも各々が相手のことをきちんと考えて動けば、上手く回っていくはずである。
そう信じて見守っていた。
事務屋な私はあくまでも傍観者だ。
必要な消耗品や備品の手配はするが、それ以上はしない。
診療室内で起こる様々なことも見て見ぬ振りをする。
それを解決するのもスタッフたちの手腕に任せる。
そうしてスタッフたちと先生たちのキズナを強固にしていく。
 
半年たった頃に○○先生から「他の先生を手配してほしいなぁ」的な発言もあり、少し焦ったが、△△先生を交えての細かい打ち合わせの結果、時短などして、先生方の負担を少なくすることで、その後この発言を聞くことはない。
スタッフたちの治療時のサポートが的確であり、居心地のよい場所になっていることも大いに影響しているのではとにらんでいる。
 
これで当分はなんとかなりそうだと安堵しつつも、果たしていつまでこの体制で走っていけるのだろうかとの不安はつきまとう。
 
肝心の弟の復帰はいつになるのか?
果たして本当に復帰できるのであろうか?
 
弟の歯科医院経営のキーパーソンになり、弟の入院時のキーパーソンにもいつの間にかなっていた私。
脳神経外科の担当医から
「キーパーソンがお姉さんに変わられるそうで」
と知らせられて
「は?!」
であったが、致し方あるまい。
父母にその役割を押し付けるわけにもいかないし、ましてやキーパーソンを逃れた人に、その役割を戻すわけにもいかない。
 
あれもこれもと考えなくてはいけないことが増え続ける日々。
それでも舵を握って、進むべき道を見極めなくてはいけない。
 
不安もあり、不器用でもあるが、ひとりではない。
 
止まりそうになったら、スタッフたちが背中をぐいっと押してくれる。
間違えたと思えば、スタッフたちが引き返す術を示唆してくれる。
そして船から落ちそうになったら、スタッフたちが手を差し伸べて引き上げてくれる。
 
こんなにも心強いスタッフたちを集めてくれた弟に感謝しなくてはいけない。
 
今から思い返すと、最初の半年は荒波の中、この船を遭難させないようにと、がむしゃらに舵を握り続けるだけだった。
 
方々から聞こえてくるネガティブな雑音に涙する日々。
方々に頭を下げる日々。
方々からの疑問符に固い笑顔で対応する日々。
そして弟の病状に主人とふたりで思い悩む日々。
 
それでも、基本的な方向を見失うことなく、スタッフたちと共に船を走らせたからこそ、今があるし、未来に少しだけ期待している。
 
荒波は今後も続くだろうけれど、いつか凪になることを望みながら、私たちは進んでいく。
 
 
 
 
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2019-07-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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