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メディアグランプリ

「お客さまにはお売りできません」の一言で大ファンに。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:池田和秀(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
お店で何かを買うとき、その買い物の満足度は、販売員とのやり取りに大きく左右される。気持ちのいい接客をしてもらえると、またそのお店で買おうと思う。
私がこれまでの経験で一番感動した接客は、ある靴屋で言われた「お客さまにはお売りできません」という一言だ。20年以上前のことなのだが、今でもその時の店員の言葉と表情を鮮明に覚えている。
 
私は長年、靴選びに苦労してきた。左右の足の大きさがワンサイズ違っていて、歩き方にも癖があるので、疲れやすく、靴のかかとがすぐにすり減ってしまう。店頭でいろいろと試しても、ベストな靴にはなかなか巡り合えず、いつもほどほどで妥協していた。だから安い靴を買っては履き潰すということを繰り返してきた。
 
そんなある時、その人の足に合わせて靴を選び、調整してくれるという靴店を見つけた。私の住まいからは遠かったのだが、これで靴の悩みが解消されるならばと、電車を乗り継いで、その靴店まで出向いた。
そこは、駅前にある小さなお店だった。お店の規模こそ小さかったけれど、ドイツの整形外科に基づく靴製作技術を学んだシューフィッターが靴を合わせてくれるという、特別な技術を売りにしたお店だった。
 
お店に入ると、白衣を着た若い女性の店員が出迎えてくれた。ただの販売員ではなく、足の健康をサポートしてくれる「マイスター」というわけだ。
靴選びは、足の計測から始まった。足に触れながら関節の動きや筋肉の付き方のチェック、痛みの有無の確認、履いている靴の減り方の点検、さらには裸足で床の上を歩かされて歩き方のチェックも受けた。私の担当の「マイスター」が、前から、そして後ろから、私の歩行姿をじっと見据えてメモを取っていた。
 
そうして初めて、候補の靴が私の前に並べられた。これが私にピッタリの靴というわけだ。でも正直なところ、その靴のデザインにはピンときていなかった。他にディスプレイされている靴の中に、惹かれているデザインのものがあった。
 
そこで、私は聞いてみた。
「あの靴のデザインが気に入ったんですが、あの靴はどうですか?」
すると担当してくれている彼女が、ニッコリと微笑みながら、しかしキッパリとこう言ったのだ。
「あの靴はお客さまにはお売りできません。お客様の足に合う靴は、今お勧めしているこちらになります」
 
私の心に鮮烈に差し込んでくる一言だった。
その言葉に、単なる靴の売り手ではない、彼女の仕事への誇りと自負を感じたのだ。
表面的な客のニーズに応えようとするなら、私の言葉を受けて、デザインが気に入ったという靴を候補に加えることもできるだろう。だが、彼女は、靴の悩みを解消するという、私の一番のニーズに応える靴だけを勧めてくれたのだ。
その言葉にハッとさせられ、私の迷いは完全に消えた。残ったのは、彼女とこのお店への特大の信頼感だった。
 
こうして選んだ靴に足を入れて、何回かの歩き方チェックを受けた後に、さらにインソールで私の足に合うように調整が加えられ、私の足仕様の靴が出来上がった。
その靴の履き心地は、それまで履き潰してきた数々の靴とは別世界だった。足をピッタリと包んでくれて、まるで裸足で歩いているような気がするくらい、靴の存在感を感じさせないものだった。
この靴は、今でも現役だ。傷みが出てくると、そのたびに修理を重ねながら履き続けている。正直なところ、いいお値段だったけれど、それだけの価値のある買い物だった。
 
その後、私の靴のほとんどは、この靴店のものになっている。最初の出逢いでファンになって以降、20年以上続くリピーターだ。
ただ、接客という点では、この最初の感動を上回る経験はない。私が初めて訪れたときは、この駅前の小さな一店舗だけだったが、今ではこの会社も成長し、全国に店舗が広がっている。店舗が増えていくとともに、最初に私を担当してくれたあの「マイスター」と顔を合わすこともなくなってしまった。
そして、来店するたびに、さまざまな担当の接客を受けてきたが、私が「あの靴のデザインいいですね」と言うと、「履いてみられますか」と促す人がいたり、試し履きしてもピッタリ感が得られない靴に対して、「おやめになった方がいいと思います」と言い切ってくれなかったり、最初に感じた「あなたにはお売りできません」という「マイスター」としての気概が感じられないことが多々ある。
 
もちろん今でも、新しい靴を選ぶときは、足の計測をしてくれるし、状態のチェックもしてくれるし、歩き方のチェックもしてくれる。そういった、マニュアルで教育できる技術的な部分は、会社が大きくなっていっても共有していくことはたやすい。技術研修を重ね、社員のスキルを向上させていけばいいのだから。
しかし、精神的な部分を継承していくことは、簡単なことではないのだなと、この会社に接していて思う。もしかしたら、私の接客をしてくれた、あの「マイスター」が特別だったのかもしれない。けれど、そういう特別さが社内で共有され、継承されたら、販売を通して感動を与える会社として、唯一無二の存在になるはずだ。なぜならあの「マイスター」の販売姿勢は、この会社の理念を体現しているのだから。
私にとってこの靴店は、「精神の継承」の大切さを教えてくれる存在になっている。
 
 
 
 
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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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