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メディアグランプリ

二度泣き橋の渡り方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:井村ゆうこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「新幹線の発車まで、あと3分しかない! 走れ!!」
 
新宿から大宮までの電車が遅れたため、大宮での乗り換え時間は、わずか3分。背中には荷物がパンパンに入ったリュック、前にはもうすぐ1歳になる娘を抱っこして、走る。階段を駆け上がって、飛び乗ったのは、東北新幹線。今からちょうど5年前の、8月4日のことだ。
夫の転勤で、私たち家族は、山梨県から岩手県盛岡市へと引越しをした。夫も私も、もちろん娘も生まれて初めて踏む、盛岡の地。盛岡駅を降り立った私たちを迎えてくれたのは、祭りの熱気だった。
 
毎年、8月1日から4日までの4日間、盛岡市では「さんさ踊り」という夏祭りが開催されている。力強いバチさばきで、太鼓を叩きながら踊る人々。優雅な身のこなしで、笛を吹きながら踊る人々。色鮮やかな衣装に身を包み、艶やかに踊る人々。太鼓と笛、そして踊り手が一体となって作る熱気が、街を包む。
 
初めて見た瞬間から、私は、さんさ踊りの熱気が、腹の底で燃えるのを感じた。
打ち鳴らされる太鼓の響きが、軽快な笛のリズムが、踊り手の発する独特の掛け声が、新生活の不安を抱えた、私の全身をかけまわるのを感じた。私は、さんさ踊りのとりこになった。
 
知り合いも友達も親戚も、頼る人が全くいない環境で始まった、盛岡での新生活。初めての子連れ転勤で、不安は大きかった。引越しの荷物が片付くまでの数週間、娘とふたりだけで家にこもる生活は、不安をただただ大きくするばかり。このままでは親子共倒れになりかねないと、藁をもすがる思いで足を運んだのが、子育て支援センターだった。そこで、私はたくさんの人と出会い、助けられ、不安を解消し、子育てのよろこびを教えてもらった。
 
子育ての小さな疑問や悩みにも、丁寧に答え、さまざまな知恵を授けてくれた先生方。同じように転勤で盛岡に移り住み、同じような悩みを抱えていた、転勤族のママたち。地元のリアルで生きた情報をシェアしてくれ、盛岡の楽しみ方を伝授してくれた、地元のママたち。そのすべての人たちのおかげで、私は盛岡で子どもを育てることができた。娘は0歳から4歳に成長することができた。感謝しかない。
昨年の4月に大阪へ転勤するまでの3年半で、私は盛岡のとりこになった。
 
盛岡市内を流れる北上川には、何本もの橋が架かっている。その中のひとつで、盛岡駅と市の中心部を結ぶ重要な橋が、「開運橋」だ。
盛岡駅を降り立った人間が、まずはじめに渡る開運橋には別名がある。「二度泣き橋」という別名が。転勤族の間で語られた、古くからのエピソードが由来とされている。
盛岡へ転勤してきて、初めて開運橋を渡る際、「遠く離れたところまできてしまった」と泣き、次の転勤で盛岡を離れる際、今度は去りがたくて泣く、というものだ。
私が盛岡で出会った、多くの転勤族が二度泣いた。私も夫も、そして娘も、二度泣いた。
 
きっと私は、支援センターでの出会いがなかったら、開運橋を二度目に渡るとき、泣いてはいなかったと思う。知らない土地での孤独な子育てに疲弊して、ひきこもっていたら、二度目は笑って渡っていたかもしれない。盛岡から去るのがうれしくて。
 
「二度泣き橋」は、分かれ道なのだ。
 
橋を渡った先には、2本の道がある。「遠く離れたところ」で、そこに自ら飛び込んでいく道と、息をひそめ、目をつむって、ただ時間が過ぎるのを待つだけの道。
 
橋を渡るのは転勤族だけではない。
親の都合で住み慣れた土地を離れた子ども、第一志望ではない学校に進んだ学生、希望の部署に配属されなかった新入社員、予期せぬ配置転換を言い渡されたサラリーマン、子育てを優先して、仕事を辞めざるを得なかった専業主婦。
「自分の望む場所」から「遠く離れたところ」に来てしまった全てのひとが、二度泣き橋を渡るのではないだろうか。そして、どちらの道を選ぶのか、迫られるのだ。
 
見知らぬ土地で、新しい友だちの輪に飛び込む道と、自分の居場所はここじゃないと、殻に閉じこもる道。
進学した学校で、貪欲に学び楽しむ道と、行きたかった学校のことばかり考え、卑屈になる道。
配属先で、社会人としての基礎をしっかり身に付ける道と、自分の不遇を嘆き、同期を羨んでばかりいる道。
新しい部署で、新しいスキルを習得しながら、これまでの経験を活かす道と、やる気をなくし、くさっていく道。
日常の生活によろこびを見つけ、新たな発見を重ねる道と、働いていない自分を否定し続ける道。
 
どちらの道を選ぶかによって、「二度泣き橋」の渡り方は変わるだろう。
二度目に、去りがたくて泣くのか、その場から早く離れたくて、振り返らず走って渡るのか。
決めるのは、他の誰でもない、自分自身だ。
 
さんさ踊りのとりことなった私は、2年前から、自分も踊り手として、祭りに参加している。
2年前。3歳の娘と一緒に初めて参加し、ますますさんさ踊りのとりこになる。
1年前。4歳の娘と一緒に大阪から参加し、ますます盛岡のとりこになる。
今年。5歳の娘と一緒に参加し、ますます確信することになる。
これからの人生で、また「二度泣き橋」を渡ることがあったなら、次も必ず、二度泣いて橋を渡る道を選ぶべきだと。自分の望まない「場所」に足を踏み入れたとしても、決して「死んだ」ように生きてはいきたくない。どうせなら、その場所の魅力を探しあて、楽しむ道を選びたい。去りがたくなるくらい、本気で生きる道を進みたい。
 
明日は、8月5日。祭りの熱気と、汗を吸った洗濯物を詰めたスーツケースを持って、大阪へ帰ろう。大阪の橋は、まだ一度目を渡ったところだ。
二度目に渡るその日まで、自分の選んだ道を進んで行こう。
二度目に渡るその日まで、涙は大事にとっておこう。
 
 
 
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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