メディアグランプリ

熊野は奇跡に会える道


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:茂田博子(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
あなたは熊野古道というのを知っているだろうか。
熊野古道は和歌山にある巡礼の道だ。本宮・新宮・那智の熊野三山の信仰で、昔は上皇・女院から庶民までが歩いたという。遠く江戸時代などでは巡礼者が数珠つなぎになって歩いていたという古い歴史の道だ。
 
 

私はそのとき「歩く旅」に憧れていた。スローライフで、新幹線でもなく、特急でもなく、鈍行でゆっくり歩く魅力に取りつかれていた。人生は急がなくても大丈夫。どうせなら自然の中を行こう。ゆっくり景色を楽しみながら歩こうぜ、とこぶしを空に振り上げていた。そしてある日、遠く和歌山まで柄にもない巨大なリュックを背負い一人大阪行きの新幹線に乗り込んだ。
 
 
電車を乗り継ぎ紀伊田辺で降りて、ホテルで一泊。朝5時に起きて、バスに乗り込んだ。滝尻王子というバス停に着くと何人かがバスを降りた。バス停の近くにあるビジターズセンターに入り情報収集した。さっきバスを降りた人もいたのでちょっと安心していた。だが、杖を買っている間に一人になってしまった。まあ、大丈夫。すぐに追いつくから。
 
 
山の空気は清々しく、緑は青く、秋が山いっぱいにあふれていた。念願の道を歩いているというエネルギーで体が満ち満ちていた。
 
 
一時間ほど歩いたところでふと、不安になった。前を歩いているはずの歩く音はもちろんのこと、気配すらない。よくよく考えてみると、計算外だったのが、私の足の短さだった。身長153センチの私は、普通に歩いているつもりでも身長に比例して足が短いので稼げる歩幅は大人の男性よりはるかに短い。そう気が付いたときにはもう遅かった。でも、まあなんとかなるよね、と楽天的に考えなおした。結局のところ、一人で熊野を歩くと決めたのだから、一人なのは想定内だったのだから。
 
 
話は違うが、神社仏閣にお参りに行くときには、私たちは神様や仏様に祈っているのではなく、自分の守護霊に祈っているだということを聞いたことはあるだろうか。神社仏閣という澄んだ空間は日常の空間より上の世界への願いが届きやすいらしい。ここ熊野も聖域だ。ということは、私の願いも届きやすいのではないか。
 
 
一人で少々心細くなった私は、当然のことながら守護霊でも神様でもすがれる存在ならなんでもいいので祈った。無事に熊野を歩ききれますように私と一緒に歩いてください。四国のお遍路さんが空海(の存在)とともに歩いているように、私も誰かに守ってもらいたかった。祈ると、気持ちが少し楽になった。歩き続ければきっとゴールは見えてくるだろう。
 
 
一時間ほどたった頃、遠くから何かの音が聞こえてきた。
 
 
さくさくさく。さくさくさく。
人か? サルか? くまか? 魔物か?
 
 
さくさくさく。さくさくさく。
音は確実に私の方に近づいてきた。
 
 
朝ビジターズセンターを出てから誰にも会っていなかった。山の中。どうしよう。サルにもくまにも会いたくない。人でも選り好みしたい。頭の中に様々な映像が浮かんだ。暗闇からこちらを見る真っ赤な目。血のりがべったりついたノコギリ。昨日読んだ殺人事件の記事。トイレの花子さん。口裂け女の不気味な甲高い笑い。聖域とはいえど、山の中。何かあったらどうしようか。心臓の鼓動が早くなった。
 
 
「ハロー」
その人は拍子抜けするほど明るい声であいさつをしてきた。
それは190センチほどもある大きな外国人の男性だった。細長い顔のあごにぐるっとひげを生やしていた。
 
 
「ハロー」と答えてみた。
私の頭の中で査定が始まった。これは大丈夫な展開か。危険はないか。心の中でとりあえずOKサインがでた。とりあえずノコギリは持っていなそうだ。
 
 
話を聞くと、名古屋に出張できているドイツ人でミュンヘンの大学に勤めるリサーチャーだといった。なるほど、頭の中で警戒レベルが少しさがった。話があまりにも具体的すぎるので、タヌキやキツネが化けてきたのではないらしい。ほっとするとともに元気がでてきた。誰も周りにいないのをいいことに大きな話をした。朝から何も食べていないというのでリュックの中で少々ぼろぼろに砕けてしまったクッキーをあげた。気が付くと心細さが消えていた。
 
 
「私の足が遅くてごめんね」
「僕は早く歩きすぎて景色が楽しめない。だから君はいつもより早く歩いて、僕はいつもより遅く歩いてちょうどいいんだ」
なんて優しい言葉なんだろう。山の中でこんなことを聞けるなんて。生きていてよかった!感動した!
 
 
夕方4時をまわり急にあたりが暗くなってきた。あれよあれよという間に足元まで見えなくなってきた。山の闇は底なしに深い。人工の光に慣れている私には闇の奥から聞こえてくる草や木がざわざわと鳴る音や、どこかで動物が動き回る音までが一体となって闇の中に溶けて大きな口を開けて今にも私を飲み込んでいくかのように思えた。
 
 

彼もさすがにあせりだした。早く山を下りないと危ない。様子を見に行くと早足で歩きだし、私はまた一人取り残されて泣きだしたくなった。そうして永遠とも思える長い時間がたった頃、前方から彼が早足で戻ってきてくれた。温泉街の明かりが見えた、と言った。もうすぐ着くからあきらめないで。さらに30分ほど歩いて人の匂いがする場所にやっと降りることができた。
 
 
後で話をしたら、彼はその日私と歩くつもりなどさらさらなかったらしい。ハローとあいさつをしたらそのまま先に行こうと思っていたそうだ。でも、私がもともとの足の速さで歩いていたら、きっと夕方になっても山の中に取り残されていたのに違いない。一緒に歩いてくれる人がいたからこそあきらめずに最後まで歩き切ることができた。それは私にとって奇跡だった。私と一緒に歩いてくださいと真摯に願ったとき、熊野の神様か守護霊かわからないが、人間を派遣してくれたのだと今でも信じている。
 
 
熊野で私は奇跡に会えた。熊野という巡礼の道は現代であっても祈りが通じる場所なのだ。
 
 
 
 
 

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2019-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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