メディアグランプリ

言葉にならない体験を、カンボジアの農村で


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:後藤 愛美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「今回農村でホームステイをしたことは、自分の人生の中で最も印象的な出来事の一つだった」日本の大企業で働く30代後半の男性が言った。
 
「今回出会った彼女の存在、そしてこの場所で感じたことをどうしても忘れたくなくて。だからこそ、彼女が作った、彼女の名前が入った商品をどうしても買いたかった」別の女性はそう言って、涙を流していた。
 
私にとって、その光景は言葉にならないほど、衝撃的だった。
 
***
 
私が働くのは、カンボジアのアンコールワットがある街、シェムリアップから約1時間離れた小さな工房。近くの農村から最貧困層の女性たちを雇用して、ものづくりをしている。商品には、彼女たちの作った証として名前が入ったスタンプがひとつひとつ、丁寧に押されている。
 
その工房に日本からビジネスパーソン10人を呼び、女性たちの家でホームステイをしたのは先月のこと。日本の研修企業と企画した、カンボジアで2週間を過ごすリーダーシップツアーの一環だった。リーダーシップを培うため、言葉も通じないような難しい環境に参加者を放り込みたいという先方の要望から、参加者は一人一人ばらばらに、農村家庭でホームステイをすることが決まった。
 
多くを持たない農村の女性たちは、私たちを大切な場所に立ち返らせてくれる。工房として大切にしている考え方でもある、彼女たちの可能性を、私は言葉としては理解し、信じていた。
しかし、今回は正直不安だった。大学生ならまだしも、日本の大企業で働くマネージャー候補、しかも30代後半から40代といういい大人が農村で一泊ホームステイ。
トイレには蜘蛛の巣、虫の大群。シャワーは基本外で水浴び。夜は床にものすごい薄いマットを敷いて雑魚寝。そんな生活環境はもちろん、彼女たちとは、言葉も一切通じない。本当に良い時間を過ごすことができるだろうか。彼女たちは、参加者に良い変化を起こすことができるだろうか。ツアーのコーディネーターだった私は、正直彼女たちの力を、心からは信じきれず、ずっと不安を抱えていた。
 
そして迎えた、ホームステイ当日。
私の不安とは裏腹に、受け入れる側の工房の女性たちは、高揚感でいっぱい。参加者が工房に着くや否や、「あの男の人、かっこいい!」「私この人に泊まってほしい!」と爆笑しながら大盛り上がり。
 
みんなでトラックに乗って、彼女たちの家に向かう。一軒一軒、一組ずつ、トラックから降りて見送る。参加者たちは、どんな1日になるのか期待に胸を膨らませながらも、やはりちょっと不安そうな表情を浮かべている。あぁ、頑張って……! と、なんともいえない気持ちで全員を見送ったあと、私はひとり、市内の自宅に戻った。農村では携帯の電波はあまり通じないため、もちろん参加者からは連絡もない。一人そわそわしながら、眠りについた。
 
そして迎えた翌日。
市内から工房に着くと、参加者が集まって話しているのが見えた。みんなげっそりと疲れ切っているのではないかと思い、恐る恐る近づいてみると、なんとびっくり、全員ものすごくいきいきと、話している。
 
「私の家の晩御飯は……だった!」
「シャワーの浴び方がわからなくて教えてもらった!」
「家の造りはこうだった!」
「女の子たちとこんなところに行った!」
 
私が言うのもなんだが、高校の休み時間のように、いい大人がテンションの高いおしゃべりが止まらない。私の方がその勢いに圧倒されるほど、全員昨日の時間を楽しんでいたことことが分かった。
 
その後、女性たちと参加者の対話の時間を持った。昨日のホームステイでは全く言葉が通じなかったが、今回はカンボジア人のスタッフに通訳に入ってもらい、たくさんの質問が出た。
家族構成は? 仕事は楽しい? 好きなことは? 将来の夢は?
もちろん、笑顔で話しているグループが多いが、ところどころで、曇った表情の子たちも見える。私たちが共に働くのは、村の最貧困層の女性たち。何気なく聞いた質問が、彼女たちのものすごく厳しい生活環境を表しているものも多い。母親がいない。父親は外に愛人を作って出て行った。兄弟は病気。毎日の生活に精一杯で好きなことを聞かれても答えに詰まってしまう。
一緒に過ごしている時にはあんなに無邪気に、純粋に笑っていた女性たちが抱える困難の大きさに、言葉を失う参加者もいた。
 
その後。
市内にもどって、参加者と共に振り返りをした。農村でのホームステイ、村の女性たちとの対話はどうだったか?これまでの様子から、良い時間になっただろうなとは思っていたが、参加者からは想像以上のコメントがたくさん寄せられた。
 
「彼女たちと時間を過ごしていて、目の前の光景がとんでもなく平和だなと感じる瞬間があって。何度となく、泣きそうになった。日々の生活の中で、何が大切なのか、考えるきっかけになった」
 
「彼女たちの話を聞いて、心の底から、力になりたいと思った。同時に多くを持たない生活から、本当に言葉にできないほど、様々なことを考えさせてもらった。将来自分が何かの形で活躍した時には、自分の人生に影響を与えた一人として、彼女の名前を挙げたい」
 
参加者は、数え切れないほどたくさんのことを感じていた。一つ一つ、言葉を選びながらゆっくりゆっくり、感じたことを表現していく姿がとても印象的だった。中には涙を流している人もいた。
こんなにも、人の心を打つ力が彼女たちにあるのか。その可能性に私自身も、言葉にできない驚きと、喜び、誇らしさでいっぱいになり、涙が出た。
 
彼女たちとの時間が、参加者の何をそんなに動かしたのか、私はあの日からずっと考えている。ずっと考えているが、正直よくわからない。というか、うまく、言葉にできない。言葉にしてしまうと、なんだか薄っぺらくなってしまう気がして。でも、そんな言葉にできないような感情が、参加者に生まれていたことは確かだ。
 
そんな言葉にできない体験を生み出すことができる彼女たち。
彼女たちのありのままの存在に、可能性が満ち溢れている。
今なら心から自信を持って、そう言える。
 
来月にはまた、彼女たちのお家にホームステイするツアーが控えている。ひとりでも多くの人に、彼女たちと農村で過ごし、人生のストーリーに触れ、この力を感じてほしい。きっとまた、言葉には表しきれない、豊かな時間になるだろう。参加者にどんな変化が起こるのか、今から楽しみだ。
 
 
 
 
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2019-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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