まぁ頑張んなさい
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記事:NK(ライティング・ゼミ特講)
「まぁ頑張んなさい」
同居している祖父との会話は、いつもこれで終わる。
私に限ったことではない。
母であれ、お隣の奥さんであれ、デイケアサービスの人であれ。
相手が誰であっても出てくる締めの言葉、まぁ頑張んなさい。
あまりの常套ぶりに、家族の間ではある種のネタになっている。
私たち家族だけならいい。
赤の他人に使われたときの、この台詞の破壊力たるや。
笑って流してくださる皆さまに、心の中で謝る。
すみません。悪い人ではないんですが、ちょっと尊大なところがあるんです…。
物心ついたときから、祖父母とは一緒に住んでいた。
一階の、ドア一枚隔てた向こう側の祖父。
寝たきりの祖母の世話をずっとしてくれていた。
自分も足を悪くしていたが、よく車椅子で祖母を散歩に連れ出し、庭の盆栽の手入れも毎日せっせとやっていた。
ただ、お酒を飲むと怖くて、ちょっと情けなかった。
たくさん飲んでしまうと気が大きくなるらしく、祖母と言い合いになるのを何度か聞いたように思う。
母も母の妹たちも、祖父には厳しく育てられたと言っていた。
ときに手が出ることも、あったと。
小さい頃は怖かった祖父も、私が中学・高校へ進むと、そうでもなくなった。
というよりも、この頃、私が、祖父に関心がなかった。
自分から祖父のところへ行くことがほとんどなく。
機会があっても、私の話を聞きたい訳ではなさそうな祖父。
そして最後に、まぁ頑張んなさい。
あぁ出た、出た。
なぜこんなにも上から目線なんだ。
頼みごとをするときでさえも、いつも偉そう。
冗談もいっさい通じないし。
ちゃんと話を聞いてるんだろうか。
そんな祖父も歳をとった。
いつからだったか。
いろいろなことを覚えていられなくなった。
三十分前に食べたことを忘れて、「ご飯はまだかー」と催促してくる。
毎日つけていた日記も、書かなくなった。
年賀状も、一人ひとりに筆で書いていたのに、出さなくなった。
あんなに丁寧に世話をしていた盆栽が、器だけになってしまっている。
花の名を尋ねても、「もう忘れた」と言う。
人が歳をとるというのは、こういうことか。と、どこか他人事のように考えていた。
でもあるとき、ふとあるとき、気づいてしまった。
目が、前とちがう。
どこか、達観してしまったかのようで、いきいきしていない。
お昼の歌謡番組を見るときも、ぼーっと外を眺めているときも。
ここにいないような目をしていることがある。
執着がなくなってしまったんだ、と思った。
おじいちゃんは、死を受け入れる覚悟ができている。
その事実は、思いのほか、心をえぐった。
驚くほど、寂しいと思った。悲しいと思った。
と同時に、忘れていた記憶が、ぽつぽつと降ってきた。
木材を組んで、「やっとこ」を作ってくれたこと。
ぼてぼての竹とんぼを作って、一緒に飛ばしたこと。
畝のある、きちんとしたいちご畑を作ってくれたこと。
すべて、手作りしてくれた。
たくさんではないけど、私が祖父の孫であることを、嬉しく思った記憶だ。
そしてそれは、祖父も私のことを、自分の孫として、想ってくれていた証ではなかったか。
自分の都合のいいように考えているだけかもしれない。
けれど、そこから、祖父への見かたが変わった。
幼い頃から家を出て、手に職をつけて、大工として、足が悪くなっても頑張ってきた話は母から聞いている。
本人からも幾度となく聞かされてきた。
私と祖父では、生きてきた時代が違う。
どれだけ苦労してきたかを聞いても、身をもって理解することができない。
ただ、祖父のこの、頑張んなさい、は、その言葉の裏に、それだけの経験が詰まっているように思う。
祖父はもう、昔作ってくれたものを作らない。
私が覚えていることを、思い出すことはないかもしれない。
日々、静かに老いていく姿を見つつ、心の準備をしているのは私の方か、と思う。
してあげられることは、きっとほとんどない。
一番の楽しみである食事を届けて、たまに大好きな果物を買ってきてあげるくらいだ。
ただ、残された生を穏やかに過ごしてほしい。
近頃は、嫌々ながら接していた過去が嘘のように向き合えている気がする。
ほとんど耳が聞こえない祖父に、こちらの言わんとすることを伝えるのはかなり難しい。
けれど、身振り手振りで、なんとかしようとする。
正しく伝わるときも、そうならないときもある。
すごく面倒くさくなることも、よくある。
でもそういうところもひっくるめた、今の祖父との関係が、なかなか面白く、楽しい。
祖父は、相変わらず人の話を、まぁ頑張んなさい、で終わらせる。
今は、もう少し長く、この台詞を聞ければいいと思っている。
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