週刊READING LIFE vol.48

金髪美女から教わった、国際社会で生き抜く術《 週刊READING LIFE Vol.48「国際社会で働く」》


記事:吉田健介(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 

……すみませーん、携帯貸してもらえますか? 僕の携帯が使えなくて……
 
つたない英語で言った。
 
とある駅。
田舎街、だと思う。
 
「Oh , OK」
 
その女性は快く携帯を貸してくれた。
日本人らしく、申し訳なさそうに携帯を手に取る。
そして知り合いに連絡をした。
 
予定では、あと1時間程で目的地に着くはずだったが、どうやら列車が故障したらしい。
 
「……out of order (故障)……」
 
という単語を、駅長さんから聞き取った僕は、小さな田舎の駅に降ろされたのだった。
 
雨が降り始めた。
 
「こんなものなのかな……」
久しぶりの海外へ来ていた僕は、日本と海外のギャップを感じながら、ただただ黙って列車を降りるしかなかった。
 
どうやら列車は、始発の駅に戻るらしい。
次の列車が来る見込みはないみたいだ。
 
僕だけではない。
他にもやむなく降ろされた乗客たちが40、50人程いた。
みんなタクシーを呼んだり、通りかかったローカルバスに乗るなどしながら、次の対策をとっていた。
 
自分の国だったら、一緒にタクシーに乗り合わせたり、バスの運転手に
 
「これは清水寺まで行くの?」
 
とか言いながら、目的地へ向けて難なく別ルートを取るだろう。
 
「面倒くさいなー」
「やれやれだわ……」
 
なんてことを口々に言いながら行動していただろう。
 
しかしここはドイツだ。
アーヘン発の特急に乗り、約1時間半かけてデュッセルドルフへ向うはずだった。
何て読むかも分からない駅。
見渡す限り畑。
次の列車が来る予定はない。
目的地では知り合いの日本人と落ち合うことになっている。
そして雨。
この状況……
 
これはまずい。
 
初めて来たドイツで、ただの列車故障とはいえ、僕にとってはただならぬトラブル。大惨事だ。
 
どうしよう、どうしよう……
 
どういう行動をとるべきか考える。
冷静さが大事だ。とにかく落ち着こう。
勢いであのローカルバスへ乗るのも手か。いやいや、必ず受難が待ち受けている。絶対によく分からない場所で降ろされる。これ以上、訳のわからない場所へ降り立つのはまずい。
 
集合予定の駅で僕がいなかったら、知り合いの日本人はきっと心配するに違いない。迷惑がかかってしまう……
 
悩んだ挙句、とにかく待ち合わせをしている日本人に連絡を取ろう、ということになった。
 
しかし、日本から持って来ていたスマホは、ホテルやお店など、Wi-Fi が通っている環境でしか使えない。
 
分かってはいたが、駅にWi-Fiが通っているか確認をする。
分かってはいたが、画面に反応はなかった。分かってはいた。
 
落ち着こう。
 
こうなったら誰かに携帯を借りるしかない。それしか手はない。
1週間前に名刺をもらっていた。我ながらあの時の行動にファインプレーを感じながら、名刺を取り出す。
 
さて、あとは誰に携帯を借りるかだ。
そこがクリアできれば、あとはこっちのもの。一安心だ。
気持ちに余裕ができていた。
 
駅にはまだ30、40人程の人が残っている。
誰に借りようか……
 
そうだな、せっかく借りるのなら、この中で一番美人な人に借りよう。
せっかくだもん。
うん、そうしよう。
 
数分前、あれだけ慌てふためいていた1人の日本人は、
 
「さて、誰が一番美人か……」
 
なんてことを考えながら、首を左に右にと動かしていた。
 
1人の金髪女性に目が止まった。
そのまま降ろされた金色が、気持ちよく肩の下あたりまで伸びていた。
僕と同じバックパッカーのようだ。
大きめのリュックを背負い、服装も軽装で動きやすい格好をしていた。
そして何より、美人だった。
 
あの人だ。
 
僕のレーダーが反応。素早くピントを合わせたカメラのように、視点が一気に彼女へと絞られる。
迷いのない足取りで僕は金髪美女へ向かう。距離は約10m。
金髪美女は今は背中を向けている。
だんだん距離が近くなる。
もし断られても、もう一生会うことはないだろうし、落ち込むことはない。失うものなど何もない。
金髪美女の目の前に到着した。
 
「Excuse me . Can I use your phone ? My cellular can’t use here.」
「Oh , OK」
「Thank you!」
 
やった。やったぞ。
金髪美女から携帯を借りることができた。
ありがとう金髪美女。
Tank you very much !
 
その後、すぐに日本人に連絡がついた。
そして駅まで迎えに来てもらえることになった。
僕は金髪美女に丁寧にお礼を言い、1時間後、田舎の駅を後にしたのだった。

 

 

 

あれから4年が経過した。
当時のことは今でもよく覚えている。
映像的に頭の中に残っている。
 
僕は今も年に1度、海外を旅している。
道に迷ったり、乗った列車が違う方向に行ったりと、似たようなトラブルに遭遇することは度々だ。
 
しかしあの時、金髪美女から携帯を借りたあの日以来、僕の中で変化があった。
 
今までは、少し緊張していたのだ。
初めて行く国や街、初めて乗る現地の列車、バス、初めて入る食べ物屋。
行く先々で、緊張していた。
恐る恐ると言うのか、どこか不安になっていた。
 
だが、窮地に立たされたあの日、思い切って金髪美女に声をかけたあの日、1つのことが僕の中に刻まれた。
 
「困った時は助けを求めよう」
 
そんなこと当たり前じゃないか、そう思う人もいるだろう。
しかし、何かの啓示を受けたように、そう感じるようになったのだ。
 
日本にいて、電車が遅れたり、バスを乗り過ごすことは、それ程のトラブルとは感じない。日常的な範囲として、自分で処理をする。
 
「10分遅れるな……」
 
なんてことを思いながら、到着時刻を予測したり、違う便に乗り換えたり、友人に「遅れます!」とLINEで連絡をする。
しかし海外にいると、そうもいかない。
日本にいる時はどうってことのない問題も、海外では大きな事件としてのしかかってくる。
初めての場所で、勝手が分からないということもあり、不安になる。
 
ただ、金髪美女から受けた教訓で、僕は初めての場所でも楽しく旅をすることができている。
道に迷おうとも、アイスクリーム屋で何味にしようか悩もうとも、自分のペースで乗り切る。
全く気にしない。いや、気にしないようになった。
日本にいる時と同じスタンス。
困った時や分からない時は、人に聞けばいいのだ。
 
発音や文法が……
お構いなしだ。
大切なことは、目の前にある課題を解決し、楽しく旅をすること。
 
実際、気持ちよく伝わることもあるし、
 
「何を言っているのだ?」
 
と怪訝な顔をされることもある。
伝わらない時は身振りや手ぶりを使ってコミュニケーションを図る。
そして大なり小なり、課題をクリアしていく。
 
トライ&エラー。自分らしくあること。
 
小学校からの英語教育が本格的にスタートしている。
英語教育に向けて、中学校や高校と連携するなど、自治体ごとに工夫を凝らしている。
その中で共通することがある。
それは英語を正しく使うことが目的ではないということだ。英語はあくまでコミュニケーションを取るための手段であること。大切なことは、多少誤りがあっても、自分の思いを伝えること、物怖じせずに相手に理解してもらうこと。
 
「困った時は助けを求めよう」
 
金髪美女から教わった精神と似ている。
大切なことは相手に理解してもらうこと。自分の国、他の国問わず。
きれいに発音していなくても大丈夫。
文法が正しくなくても心配するな。
そういうことだと受け止めている。
 
現在、約140万人の日本人が海外で生活をしている。日本人の100人に1人の割合だ。
また、インターネットによって、メールやウェブ会議など、自分の国にいても、海外の人と連絡が取れるようになっている。
様々な国の人とコミュニケーションを取ることがより自然になっている。まさに国際社会。
ただ、基本的な姿勢は変わらない。
いかなる時も、どこにいようとも、シンプルに、
 
「困った時は助けを求めよう」
 
今の社会で生きていく上での基本スタンス。
金髪美女から教わった、国際社会で生き抜く術だ。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田健介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1981 .7.22 生まれ。兵庫県西宮市育ち。
現在は京都府亀岡市在住。

関西大学卒業
京都造形芸術大学(通信)卒業
佛教大学(通信)卒業。

現在、現役の二刀流中学校教師(美術と数学)。
何気なく始めた天狼院書店「ライティングゼミ」に参加し、文章を書く楽しさ、文章を読む面白さに目覚める。
天狼院フォト部にも所属し、人物や風景を中心とした写真を撮り続けている。
kensukeyoshida89311.myportfolio.com

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.48

関連記事