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週刊READING LIFE vol.56

三浦さん、旅行の次はキャンプですよ《週刊READING LIFE Vol.56 「2020年に来る! 注目コンテンツ」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

「ねえ、9月にキャンプ行っていい?」
 
うだるような酷暑の頃、エアコンの効いた部屋から一歩も出たくないという決意を固くしていた私に、浮かれた声で夫が話しかけてきた。キャンプは今年のゴールデンウィークにも行ったばかりだ。また二歳の息子を連れて行くのかな。誰と行くの、場所はどこ、前と同じ? そんなことを聞き返すと、夫は上機嫌な様子で答えた。
 
「アメリカ」
「……アメリカ?」
 
一瞬、カモンベイベーとゴキゲンなダンスが脳裏をよぎる。
 
「アメリカのオレゴン州」
「……オレゴン州ってどこ?」
 
ここは日本、神奈川県だ。5月に行ったキャンプは埼玉県秩父。その時お世話になった方と一緒に、日本ではなくわざわざ渡米して、西海岸のオレゴン州の山奥に分け入って、キャンプして帰ってくるというのだ。さすがに私と息子が同行することはできない、と答えたが、半信半疑だった。だが夫はキャンプ用の調理器具を買い揃え、ソーラー充電できるようなカンテラやバッテリーを買い揃え始めた。どうやら本気のようだ。キャンプなんて、どの山でやっても同じじゃないのか。わざわざアメリカはオレゴン州まで赴いてキャンプを敷くなんて、意味があることなのか。そんな風に尋ねてみたが、夫の答えは曖昧だった。俺にも何があるのか分からないと。でも、必ず素晴らしい出会いにしてみせると言われたから言ってみるのだ、と、本人も自分に問いかけているような口ぶりだった。よくそれでアメリカまで行くなあ。
 
現地では携帯の電波も通じないというのは本当で、渡米してから数日間は音信不通だった。どこかのガソリンスタンドに寄った時にたまたまWiFiが通じた、というので電話をかけてきたが、現地時間でお昼頃、こちらは午前三時だ。息子を起こさないようにヒソヒソ話す私に話しかける夫の声は、妙に浮かれて楽しそうだった。こちとら夫がいない間、息子の世話をいわゆるワンオペで頑張っているというのに、羨ましいことだな。オレゴンの山の中でなければ、せめて日本国内なら、いつでも電話できるだろうし、日程ももっと短くて済むのに。そんな愚痴が頭をよぎらないでもなかったが、もう現地入りしている人の楽しさに水を差すのも悪いかと思い、ぐっと飲みこんでその日は眠った。その後、何度かそんな電話があり、その度になんでオレゴン何だろうと思わずにはいられなかった。夫が帰ってきたら、そのキャンプがオレゴンでないと駄目だったのかどうか、しかと問い質してやろう。
 
帰国した夫は、少し日焼けして、ちょっと埃っぽくなっていた。てきぱきと荷解きをして、珍しく買ってきた私と息子向けのお土産を渡してくれた。息子には英語の絵本、私には小さなポーチ。ちょうどスマホと鍵だけ入れられるようなポーチが欲しかったので、いいお土産だなと嬉しくなった。そうこうして荷解きを一通り終えると、私は待ちに待った質問を口にした。
 
「それで、オレゴン州まで行ってキャンプする意味ってあったの?」
「や、最高だったよ、オレゴン。現地で出会った人が素晴らしかった」
 
予想外の答えだった。
今思えば、その時夫が語ったことが、私とHUB CAMPの出会いだったのだ。

 

 

 

少し前は山ガールなんて言葉があるくらい、アウトドアと言えば登山が流行していたが、最近はキャンプも人気が出てきた。グランピング、なんていう豪華なキャンプがその一例だ。グランピングは、端的に言ってしまえば、ホテルがテントになったようなものだと私は思っている。既に設営されたテントやベッド、充実の施設の中で、バイキングのように選べる食材を使ったバーベキュー。それは、キャンプ気分を手軽に味わえるレジャーであり、ちょっと変わったホテルに泊まるのと似たようなものなのではないか。気心の知れた友達や恋人、家族と共に、仲間内で楽しむようなスタイルのものだ。
 
子供の頃によくキャンプをしていた人間としては、グランピングのスタイルはキャンプ本来の楽しさとはちょっと違うんじゃないかな、という気がしてならない。キャンプの楽しさは、自分たちでテントを作り、かまどを作り、持ってきた食材をワイワイ言いながら調理するところにあるのではないか。天気の心配をしたり、テントの設営場所を相談し合ったり、小さい子供や犬の面倒を手分けしてみるのもまた楽しい。何か不自由なことがあれば、予め準備したり、その場にあるもので工夫したりして乗り切るのが楽しいのだ。HUB CAMPは、そうしたキャンプの楽しさを、他人と共有するところにその醍醐味があるのだという。
 
夫の話によると、今回のオレゴンキャンプは、HUB CAMPを世界に展開していくための視察を兼ねたものだったそうだ。夫にとってもいい出会いがあるようにと、Microsoft社のアポイントタイムなんてものもあったらしい。夫はそのアポイントにも喜んでいたが、オレゴンのキャンプ場でコーディネーターをしてくれたデノン氏との出会いを何より嬉しそうに話してくれた。私はどこのキャンプ場も同じかと思っていたが、オレゴンのキャンプ場は、そもそも管理人室など皆無らしい。ただただ、森、森、森しかないそうだ。トイレはそのあたりに穴を掘って用を足し、ちゃんと埋める。煮炊きをする時は、まずチェーンソーで倒木を切り出し、斧で薪を作るところから始める。木以外は何もない森の中で、ロープを張ってタープを釣り、テントをつくり、キャンプを設営していく。デノン氏のキャンプのテクニックひとつひとつが、創意工夫に満ち溢れていて、生き物として様々な環境をしっかりと生き抜く素晴らしい知恵なのだと絶賛していた。流暢とは言えない英語ながらも彼とコミュニケーションするうちに、デノン氏と無二の親友のように心を通わせることが出来たそうだ。
 
HUB CAMPの発起人、中島昌勝氏によると、HUB CAMPとは、「ハブ空港のような、色々な人のトランジットの場」なのだそうだ。そのトランジットの場、人との出会いの場を、大自然の中に設ける。大自然の中で、テントを張り、火をおこし、食事の準備をする。一緒に作った食事を食べ、片付けをして……やることはごくごく普通のキャンプと変わりないのだが、敢えてそれを親しい仲間内ではなく、見ず知らずの人同士で行おう、という試みなのだ。キャンプに参加する人は多種多様で、芸術、文学、音楽、勉学、経済、福祉など、それぞれがいろいろな視点を持ち、未知の才能を持っている。バーベキューのやり方にしても、その人それぞれ個性がある。その才能がそれぞれ開花しやすいように心がけているのだそうだ。
 
中島氏は、もともと小学生向けのFARM CAMPを主催していたのだという。子供たちが「自分で考えて行動する」ことが主旨のキャンプで、そこにボランティアで参加していた若者たちを中心に立ち上げたのがHUB CAMPなのだそうだ。大人になっても、「自分で考えて行動する」ことは、意識しないとなかなか難しい。そのトレーニングをできるような場所としてスタートさせたのだそうだ。現在、多種多様な職業の方が参加されるようになり、中には外国の方や、宇宙開発機構の方もいるそうだ。そうすると、もう会話する言語は日本語ではなくなる。英語やスペイン語、イタリア語、フランス語など、いろいろな言語が飛び交うキャンプになる。職業も考え方も、言語も違う人たちと一緒にキャンプしなければならないとなると、それこそ自分で考えて行動しなければ! という気持ちにさせられるだろう。HUB CAMPでは、そんな彼らが、食事の後に、自分の夢や希望をプレゼンテーションする時間を設けているそうだ。大自然の中での共同作業を通してできた絆が、一気に深まる瞬間なのだそうだ。その後に、焼きマシュマロやホットチョコレートを楽しむデザートタイムも待っている。
 
夫と私が中島氏に出会ったのは、夫の大学の後輩の松本君が、中島氏のキャンプに誘ってくれたことがきっかけだった。埼玉県秩父にある山小屋をHUB CAMPのベースキャンプとしているそうで、当時一歳の息子も安心して過ごすことが出来た。その日は渋滞で到着が遅れてしまい実現しなかったのだが、近くに清流もあり、そこで様々な活動もできるのだそうだ。ヘアメイクができる女性スタッフによる清流メイク、清流を活用した清流アートなど、クリエイティブな活動が大人気だそうだ。私は燻製を作って見たくて、段ボール製の燻製ボックスを持参した。最初はなかなか火がつかず、何人もの人に手伝ってもらって、やっとスモークが出始めた。やっとできた燻製はとても美味しくできたのだが、二回目はセッティングが上手くできず、箱と中身のチーズごと炎上消失させてしまった。最後のオチには落胆したが、燻製がうまくいかない時に、火のつけ方や置き方をみんなで工夫していくのはとても楽しかったし、うまくいったときはみんなでやり遂げた! という達成感でいっぱいになった。
 
私が子供の頃に行ったキャンプは、私の家族と、叔母家族、それから母方祖父母の三家族で近隣のキャンプ場で行ったものだった。キャンプが叔父・叔母の指示のもと、テントをどんどん組み上げていく。祖母と母達が、持ってきた食材を切り分けている。それぞれの作業はとても楽しかったが、私が一番大好きだったのは、祖父が火を起こすところだった。口数の少ない祖父が、黙々と薪と炭を組み上げて、持参した火打石で火をつける。マッチもライターもチャッカマンもあるこの時代に、火打石! 時には棒を回して、摩擦熱で火をつけた年もあった。そして、やはり持参した竹筒で丹念に吹き込んで、隅に火を移していく。その上に網を載せて、料理をしている間も、火箸でちょいちょいといじって、火力がいい塩梅になるように調整していく。じいちゃん、何てカッコいいんだろう! 子供の私は、まだ赤ん坊に毛が生えたような従弟のお世話か、飼い犬の面倒を見る係だったのだが、よく祖父の近くで火を起こすのを見て、コツを教えてもらった。口数が少ない祖父と孫が、キャンプで心を通わせた、よい思い出だ。
 
社会人になると、仕事の利害関係のない友人を作るのはとても難しくなる。会社勤めが安泰ではないこの時代、そもそも仕事仲間というものを作るのも難しくなってきた。学生時代の友達も、転勤や何やらでなかなか会うのが難しくなってくる。そんな時、HUB CAMPに行けば、夢や希望を語り合える、強い絆で結ばれた新しい友人が出来ることだろう。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

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2019-11-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.56

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