週刊READING LIFE vol,110

中途採用面接哀歌《週刊READING LIFE vol.110「転職」》


記事:toko(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
目の前に座っている男は、かれこれ15分ほど顔に貼りついたような微笑みを崩さない。
その感情の読めない微笑みは見ているこちらを居心地悪い気分にさせているし、こめかみをつたってぽたり、ぽたりと垂れる汗は心配になってしまうほどの量だ。
 
40分ほどで行うと先輩から聞かされている中途採用面接。
15分が経過した時点で、もう聞くことが何も思い浮かばない。
 
今日は私にとって、初めての中途採用面接。
人事部に異動になってからこれまでもっぱら新卒採用担当だったため、学生相手の面接は数あまたこなしてきたものの、社会人相手の面接は初めてだった。
社会で経験を積み重ね、キャリアアップを目指す働き盛りを相手にすると思うと、まだビジネスの仕組みも良くわからず、気合と夢を武器に向かってくる学生より面接官としての自分の応対も試されるような気がして、自分なりにイメトレをしてみたり、鋭い質問を考えてみたり、準備をしてきていたのに。
 
「えーっと……。改めて、今回どうして多数あるデベロッパーの中から当社を選んでくださったのか、教えて頂けますか?」
なんとか彼の本音を引き出したい、心に響く話を聞きたいと思い、もう一度定番中の定番と思われる志望理由について尋ねてみる。
「はい。これまで私は一戸建てやアパートの開発を行ってきましたが、より大規模な開発に携わりたいと思ったからです。御社ほど規模のある会社であれば、それが可能だと思いました」
「……。大規模な開発に携わりたいということであれば、総合デベロッパーでビルや商業施設の開発に携わるという方法もあると思います。当社は住まいに特化したデベロッパーですが、住まいにこだわられる理由はありますか?」
「私自身がこれまで住まいに携わってきたからです。住まいとは人にとって欠かせないものであり、それを提供することにやりがいを感じています」
 
がっくり、と首をうなだれたくなるのをなんとかこらえる。
あらかじめ用意してきた文章を頭の中で思い出しながら読み上げているかのような抑揚のない説明。せっかく書類やメールではなく、対面して話をしているのに、彼の口から発せれる言葉には彼らしさや人間味といったものが全く滲まない。
 
こんな話でどうやって一緒に働きたいと思えというのか。
 
パソコンの画面の隅に表示されている時計をちらりと見やる。
面接開始からはまだ20分ほどしか経過していなかった。面接冒頭に、今日は40~50分ほど時間をとって面接すると伝えていたが、これ以上彼に興味を持ち続けることは難しそうだ。
表情筋に喝をいれて、もう一度笑顔を作る。
 
「ありがとうございます。私の方から伺いたかったことは全て質問させて頂いたのですが、そちらから何か質問したいことや言い残したことなどはありますか?」
「はい。昇進スピードについて伺いたいと思います。最近は年功序列というより実力主義で評価を行う会社も増えていると思いますが、御社では安定した昇進は見込めるのでしょうか?」
 
私は、パソコンをテーブルに叩きつけたくなる衝動を懸命にこらえた。

 

 

 

「お疲れ~。どうだった初めての中途採用面接は? ハウスメーカー勤務の彼、良さそうだった?」
とぼとぼと自席に戻ってきた私に、去年まで中途採用を担当していた先輩が声をかけた。
「いや……。宅建も持ってるし、住まいづくりへの理解も深いだろうと思って書類選考は通したんですけどね……。何を聞いても返ってくる返答が学生レベルなんですよね。彼がこれまで働いてきた5年間で感じてきた仕事のリアルはどこにいったんだ、っていう。用意してきたセリフだけで押し通そうとしていて、臨機応変さも熱意も感じられなかったですね」
私が面接中に感じていたもやもやを一気に吐き出すと、
「そうだねえ。営業マンなのに臨機応変な会話が苦手な人って、意外といるよね」
と先輩は同調しながら個包装のチョコレートを一つくれた。
「まあ、面接官としても経験を積むことは必要だから。この経験を活かして次に面接する人を選考してね。あ、エージェントさんへの連絡、忘れないように」
「はあい……」
 
もらったチョコレートをほおばりながら、パソコンへと向かう。
エージェントへ選考結果となぜその結果になったのかをフィードバックしなくてはならないため、改めて先ほどの面接について振り返る。
パソコン上で取っていたメモを読み返した。

 

 

 

私が新卒から勤めるこの会社は、住宅専門のデベロッパーだ。主たる事業は新築マンションの開発と販売。社名を聞けば誰もが知っているような会社だが、100%子会社ということもあってか大企業に勤めているという感覚は薄い。
親会社のお陰で安定した経営状態のなか、品質にこだわった住まいづくりを強みとしている。
会社のアピールは、就活生を対象とした説明会で何百回と説明を繰り返すうちに、ほとんど条件反射のように話すことができるようになっていた。
 
大学生や大学院生を対象とする新卒採用の場合、まずは採用ホームページや大手就活サイトをフックに会社を知って興味を持ってもらい、その後の個社説明会やインターンシップなどに参加してもらうことでより深く当社の強みや性格を理解してもらってから、実際の選考の中で親身に接することで当社のファンになってもらい、最後にはめでたく内々定を受諾してもらう、という流れで採用は進んでいく。
コロナが発生するまで新卒採用は完全なる売り手市場だったため、なんとか優秀な学生に振り向いてもらえるよう、「興味を持ってもらう」「好きになってもらう」「志望してもらう」、やや下からの採用活動を行ってきた。
内々定を出しても、辞退されることは日常茶飯事なのだ。
 
対して、今年から担当することになった中途採用では説明会などは行っていない。
常に複数のポジションや職種でエントリーは受付けているものの、彼らが情報収集する手段はインターネット上に転がっている元社員の口コミや、新卒採用ホームページに載っている記事だけだ。
転職活動をする側の身になって考えてみれば、想いのこもった志望理由を考えるには情報が少なすぎるのかもしれない。
 
それにしても。
社会人として、「相手が欲しているものが何なのか」を考えられないのは致命的ではないか?

 

 

 

転職活動者が得たいものは、希望する企業の内定のはず。
もちろんその先にキャリアアップした自分の姿や、送りたい生活のイメージなど、転職活動をする理由の数だけ得たいものもあるはずだが、何にせよスタートは転職希望先から内定を得ることだ。
それならば、面接官に「自分を採用すればあなたの会社にとっていいことがあるよ」とアピールするのは必須事項だろう。
面接官からしてみれば、「どうすれば自分を採用したいと思ってもらえるか」しっかり考えて準備してきてほしいもの。
 
転職活動をするときには、「なぜ御社で働きたいのか」という相手に対する熱意の説明と、「自分がどれほどの人物なのか」という自分の魅力についての説明、その2点が不可欠だ。
どんな理由であろうと、転職したい理由、その先がその会社でなくてはならない理由について面接官が腹落ちし、かつ優秀な人材だと認められれば、内定に一歩ちかづくことができる。

 

 

 

例えば先ほどの彼。
気になるところは沢山あったが、何より一番気になったのは20分強の面接時間中ずっと顔に貼りつき続けた不気味な微笑みだ。最初に受付で待つ彼を見た時は、その笑顔に好印象も感じたが、その後どんな質問をしてもずっと表情が変わらなかったのははっきり言って怖かった。
 
面接官は、とても慎重に目の前に座っている相手が自社で活躍できる人材かを判断しようとしている。それを見極めるためには、相手の人となりを短い間で少しでも深く理解しなければならない。
逆に言うと、選考参加者は短い時間の中でいかに自分のキャラクターや強みを相手に伝えられるかに勝負がかかっている。
そのキャラクターや強みは、どんな会社でも通用するわけではない。会社によって、求められている人材が異るからだ。
自分の意見を明確に述べチームを統べて行く人材を欲している会社もあれば、相手に寄り添いサポートする力を求めている企業もあるだろう。
 
彼は、自分の、自分ならではのキャラクターを表現できていなかった。用意されていたセリフはどれも浅く、深堀しようと追加で質問してみても要領を得ない答えが返ってくる。表情は常に一定で、本音が全く見えないどころか嘘くさささえ漂っていた。
どうして転職したいと思ったのか、どのような基準で転職先を選んでいるのか、その中でも当社を選んだ理由、当社でなくてはならない理由はどこにあるのか。
彼にしかわからないその問いへの答えは、結局得られなかった。
 
転職理由が「年収を上げたいから」でも全く問題はないのに。
 
そういった現実的な理由を明らかにすることをためらい、美しい理想論で武装してくる人は案外多いようだ。心から理想を実現したいと強く決意している人は、こちらの深堀にどこまでも答えを返してくれる。浅いところで思考が止まっている人は、真意が他にあるとすぐに面接官にも伝わってしまう。
長いお付き合いになるかもしれない企業との最初の面接の場で自分の考えを明らかにできない人を、どうやって信頼しろというのか。
 
新卒の就職活動でも転職活動においても、自己分析は大切だと言われるが、企業の分析もそれと同等、もしくはそれ以上に重要なのだ。
今の世の中、その会社でしか取り組んでいない仕事というのは極めて希少。
同じような仕事に取り組める会社が他にも沢山あるのに、その中でもなぜ当社を選んだのですか? そのシンプルな問いに的確に答えられないというのは、その会社に興味が無いと白状しているも同然だ。
 
よく就活は恋愛に例えられるけど、自分に告白してくれた人がいたとして、なぜ私を好きになったのかという質問の答えが、隣の〇〇ちゃんに名前を置き換えても通用するような内容だと興ざめだろう。
 
先ほどの彼の当社への志望理由は、そのままライバル企業の志望理由としても使えるほどの内容だった。当社でなくてはならない、という熱意が伝わってこなかったのはもちろん、もはや当社についてきちんと調べたのか? と疑問に思ってしまうほどのうすっぺらさだ。
 
一度面接官が相手への興味を失ってしまうと、挽回するのは難しい。
もし面接の最中にいまいち場が盛り上がっていないと感じたら、起死回生のチャンスは面接の最後に訪れるかもしれない。
それが、逆質問だ。
 
逆質問とは、面接の最後に面接官から「何か質問や言い残したことは?」と尋ねられる問いのこと。
ここでその会社への熱意や本気度を見せられると、面接官の飛びかけていた意識もぐっと呼び戻せるかもしれない(面接官は似たり寄ったりの話を多くの候補者から聞かされるので、ぱっとしない面接の終わりごろになると集中力が切れかけていることも多い)。
そこで「この候補者はやっぱり優秀な人材なのでは?」と思わせることができれば、再び場が盛り上がって自分のキャラクターや熱意を伝えるチャンスが増えるかもしれない。
 
そのラストチャンスさえも、彼は昇格についての質問で台無しにしてしまった。
昇格制度について質問するのが悪い、ということではない。悪かったのは、覇気の無さが露呈する質問の仕方だ。
彼は、「御社では安定した昇進は見込めるのでしょうか?」と質問してきた。
要するに、実力主義だけだと昇進できる自信はない。実力主義を標榜しつつも、ある程度は年齢を重ねれば昇進できますか?と質問しているのだ。
即戦力、積極的に業務に当たる姿勢、熱意といったものが求められる中途採用の面接で、一番伝えてはいけない本音がぽろりとこぼれた瞬間だった。

 

 

 

彼はずっと汗をかいていた。もしかしたら初めての中途採用面接だったのかもしれない。
人は慣れないことに緊張するものだ。上手くいかなかったと彼が気落ちしているのだとすれば私も同情したくなるけれど、自信がないなら自信がつくまで準備をするのが一回きりのチャンスに向かっていく際には当然のこと。
 
自分がOKを出した人材次第で、会社が活気づいて好調になる可能性も、お荷物社員を抱えて周囲に悪い影響が出る可能性も、どちらも抱えている面接官としては、シビアな目で面接に臨み、目の前の候補者をジャッジしなくてはならないのだ。
 
その面接官の本音を、読み取って対策してきておくれよ、中途採用面接参加者たちよ。
どうかどうか、お願いします。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
toko(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

京都生まれ、スイス・東京育ち。
不動産デベロッパーとして勤務する傍ら、ライターとしても活動中。
フランスをこよなく愛する刺繍家としても活動中

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2021-01-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol,110

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