fbpx
週刊READING LIFE vol.125

どうしても食べたくてパリに住む日本人妻に相談してみた《週刊READING LIFE vol.125「本当にあった仰天エピソード」》


2021/04/26/公開
記事:本山 亮音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「自分で炊けばいいじゃん!」
とあるパリに住むの日本人妻に言われた一言。
フランス滞在中に放たれたその一言は、その後の僕のフランス生活を、そして日本に帰ってきてからの生活をも変えてくれた。

 

 

 

29歳、思い立ってワーキングホリデーでフランスへ飛び立った。
ちなみにワーキングホリデーは30歳まで、しかも、1年間しか滞在できないと決められている。
 
たった1年間、されどその滞在中には住居探し、仕事探し、お金等、様々なミッションが次から次へと出てくるのだが、その中でも特に食事はしっかり押さえておかなければ、せっかくの1年間の滞在を台無しにしてしまう。特に僕は食べるのが好きだから、余計に食べ物への期待値は高かった。
出発する前から、フォアグラにトリュフにスイーツと、頭の中は食べ物のことでいっぱいだった。(実際はそんな贅沢とは程遠い生活だったけれど……)
 
到着してすぐはルーアンと言う小さな町の語学学校を通して、フランス人のホストファミリーを紹介してもらい、その家には2ヶ月滞在させてもらった。その間はパン生活だったけれど、フランスパンの美味しさに魅了され、全くと言っていいほど日本食が恋しくなることはなかった。
肉屋から直接買って家で焼いたステーキ(フランスは酪農が盛んだから肉が安くてうまい!)、ホストファミリーが作ってくれるパスタ、スープ、それに忘れてはいけないのがチーズ! どの食事にもフランスパンは欠かせなかった。ホストファミリーのマダムが料理上手だったことも有難かったし、日曜に開催される市場やスーパーで一緒に買い物もさせてくれた。
 
フランスに到着してから1カ月半ほどでパリに仕事が見つかり、その半月後にパリへ移った。
パリに到着してからも始めは珍しいものを自分で探しに行ったり、同僚と外食したりと、楽しいパリ生活を送っていた。けれども、さらに3ヶ月程経った頃、やはりご飯が恋しくなってしまった。もちろん、白米のことだ。
たまにパリにあるラーメン屋や、フランス人や中国人が経営している寿司屋でご飯を食べることもあったけれど、なんせ値段が高いのだ。節約もしなくてはいけなかったから、日本のように自分の好きな時間に白米を食べられるわけではなかった。
 
パンは美味しいのだけれど、やはりちょっと物足りない。どしっと腹に溜まる白飯が食いたい。
 
ある時、同僚の女性の前で、ポロっと愚痴をこぼしてしまった。
旦那さんがフランス人で、いつも食事をどうしているのか気にもなっていた。いわゆるパリの日本人妻と言うやつだ。ちなみに、「好きでフランスにいるんじゃない!」が口癖だった。きっと彼女もフランスで苦労しているのだろう。
そんな彼女の食事は旦那さんに合わせていつもパンを食べているのだろうか。それともフランスに腰を据えるつもりで、フランスでも使える炊飯器を使っているのだろうか……?
頭の中でご飯のことを考えているとついつい口に出してしまった。
「白米が食べたい……」
 
ポロっとこぼした一言に、意外な一言が返ってきた。

 

 

 

「自分で炊けばいいじゃん!」
えっ……炊飯器もないのに!?
いやいや、炊飯器がたまに売っているのは見かけたことはあるけれど、今から買っても半年で日本に帰るのだから。もったいない。
 
「いや、炊飯器なんて持ってないんで……」
「だ・か・ら! 鍋で! 自分で炊けばいいでしょ?」
 
……はぁ? 鍋でご飯を炊く……だと?
そんなことが出来るとも思ってもいなかった自分には、全くの予想外の回答だった。
日本でも数年一人暮らしをしていて、もちろんご飯も自分で炊いていたけれど、初めて一人暮らしをし始めた頃に親に買ってもらった炊飯器をずっと使っていた。
確かに土鍋でご飯を炊くと美味しいなんて話を聞いたことはあるけれど、ちょっと良い居酒屋がたまに出してくるぐらいで、プロじゃないと、そんなことはできないと思っていた。
 
「でも、土鍋も持ってないし、やり方だって知らない。しかも、フランスに売ってるのって、タイ米みたいな細長い米でしょ。美味しくなさそうだし……」
と、できない言い訳を並べ立てる僕に対し、日本人妻のカウンターは早かった。
 
「何言ってんの! 普通の鍋でも炊けるし、ネットの使い方を知らないなんて言わないよね? 日本米もこの近くのアジアンショップで買えるから! まさかアジアンショップに行ったことないの? 今までどうしてたの!?」
 
ポカーンとしてしまった。今までの半年間何をしてきたのだろう……。
最後にはたたみ掛けられ(いや、親切心なのは理解しているが)、ぐうの音も出ない。
実は、アジアンショップにはまだ立ち寄ったことがなかった。と言っても理由は、フランスで生活しているのに、アジアンショップなんか! という気合の入った思いがあったわけではなく、アジアンショップは大抵なぜか薄暗く入りづらいのだ。誰かに背中を押されることもない限りは避けて通っていた。けれど、自国から程遠いヨーロッパに住む日本人、そしてアジアの国の人たちにとって、アジアの食材を買えるアジアンショップはなくてはならない存在だとこの時知った。
 
お米を自分で炊けるという期待値よりも、本当にうまく炊けるのか? お米が無駄にならないか? アジアンショップに入るのが怖いんだけど……と、心配が勝って不安そうにしている僕に気付いてか否か、同僚は
「あそこのアジアンショップで売っている○○っていうお米が日本で売っているのと同じ品種で、このサイトに白米の炊き方載ってるから」
と、どんどん話を進められてしまった。
 
もうここまで説明を聞いてやらないとは言えない。
切り詰めて生活していただけに、お米を買う時も(炊けなかったらどうしよう……)という不安が頭をよぎったが、お米も買わずに帰ってきたと言ったら笑われる。渋々5kg(そのお店で1番小さいサイズだった)のお米を抱えて、家に帰った。
 
次の休日に恐る恐る初の鍋炊きご飯に挑戦してみた。
丁寧に水を測り、火加減を調節、もくもくの煙からご飯の炊けるいい匂いが漂ってくる。
最後は10分ほど蒸らすのだが、待っている間もうまくできたのか心配とやっと自由にご飯が食べられる! という期待とで、もう、小躍りしそうな勢いだった。
 
蒸らしが終わり、鍋ごとダイニングテーブルへ運ぶ。
アジアンショップで安く売っていたお茶碗とお箸を準備し、いざ、鍋のふたを上げると同時に、ふわーと漂うお米の香り。一粒一粒つやがあって、お米がたっている!
急いでお茶碗によそい口に運ぶ。

 

 

 

なっ、何じゃこりゃ! 口にしたとたん、思わず一人で立ち上がり、ガッツポーズ!
うますぎる。しかも、炊飯器で炊くよりコメ本来の甘味も、もちもち感も圧倒的にアップしている。
白米が食べられるだけで涙が出そうなのに、今まで食べた中で最高級にうまい白飯に、出逢ってしまったのだ。しかも、日本から遠く離れたフランスで!!
 
こんなにうまい飯を自分で炊けるなんて、この我慢し続けた数カ月は何だったんだろう。いや、何年も一人暮らしをしていて、なぜもっと早く鍋ご飯にトライしなかったのだろう……。
 
でも、嬉しくて、美味しくて、最初の一杯は白米だけで平らげてしまった。
 
もう一杯もアジアンショップで見つけた納豆をのっけて食べた。フランスで売られている納豆は冷凍だったので、こちらも早くから冷蔵庫に移して解凍していた。
納豆好きにはたまらない、誰にも邪魔されない至福の時間を過ごす。その光景は、今でも鮮明に思い出せる程だ。

 

 

 

けれど、その至福の時間は長くは続かなかった。

 

 

 

その次もその次も、うまく炊けなくなってしまったのだ。
何だかカチカチのご飯で、底にはおこげと言うより、ただこびりついてしまっただけの黒い物体がはびこっている。
水の量も火加減、時間も初めて炊いた時と同じはずなのに、うまくいかない……
たまに成功することはあったけれど、次はまた失敗したりと、その原因はつかめなかった。
 
それでも1度目に成功していたのがやる気を維持させ、試行錯誤を続け、次第に分かってきたことがある。
 
まずは水問題。
日本とフランスでは水が違う。フランスの水は「硬水」で、日本の「軟水」よりも多くミネラル分を含んでいる。フランスのスーパーに売られている多くはエビアンやコントレックスなどの硬水で、種類が豊富にあり、値段も安い。
今思えば、初めに炊いた時に家にあったのは「ボルヴィック」、つまり軟水だったのだ。
フランスの水に慣れてきたこともあり、途中で硬水に変えてしまっていたのをすっかり忘れてしまっていた。
 
もう一つは「浸水」。
お米を炊く前に夏場なら30分ほど、冬場なら1時間は水につけて置く必要がある。
初めての時はサイト通りに浸水をしたはずなのだが、その後同僚との会話で「浸水なんて、大丈夫じゃない?」と話があり、仕事もバタバタしていたこともあり、浸水しなければいけないことを忘れていた。
 
「軟水」で「浸水」させてからお米を炊く。
これだけで安定して美味しい白米を食べることが出来るようになった。
 
それからのフランス生活は激変したと言ってもいいだろう。もちろん、フランス料理や食材も好きだからたくさん食べたけれど、ほっとしたいときには一人日本食を作る生活をすることが出来た。

 

 

 

それからは、日本に帰ってきてからも、土鍋を買って、自分でご飯を炊くようになった。
今の炊飯器の性能は確かに侮れないが、それでも、土鍋で炊いた方が美味しいように思う。そう思うと、炊飯器には戻れなくなってしまった。
もちろん軟水はスグに手に入るし、浸水さえ忘れなければ、日本で失敗することは今まであまりない。
 
それに、炊飯器ほどではないにしろ、土鍋炊きご飯はほぼ放置でご飯が炊きあがる。
お米を研ぐ→浸水させる(30分~1時間水につけて放置)→中火で沸騰するのを待つ(5~10分)→(ぐつぐつ音が聞こえてきたら)弱火にする→25分程放置する→火を止め10分蒸らす(放置)
美味しいご飯の出来上がり!
 
それからは、ご飯以外でも「ネットで調べて、自分でやってみる」を実践するようになった。
コーヒーもインスタントから、自分でドリップすることを覚えたし、クリーニングに頼り切っていたスーツ用のYシャツもクリーニング屋さんに、「自分で洗った方がきれいになるよ」と教えられた。アイロンがけが面倒だと思っていたけれど、これもネット検索で難なく解決した。多少の手間は確かにかかるが、断然節約になる。
セーターも自分の手で洗った方がふわふわするし、愛着がわいて大切にしていたりする。
 
初めは白米を食べたい! と言う欲望に駆られて起こした行動だったけれど、今ではまずは自分で解決できないか? と、検索したり、親に聞いてみたりと、まずは調べる癖がついた。

 

 

 

案外やってみれば自分で何でもできるものなのだ。
フランスで出逢ったパリの日本人妻には改めて感謝する。
 
最後に、これから鍋炊きご飯に挑戦してみようかなと言う人がいれば、もう一つ伝えておきたいことがある。
それは残ったご飯の冷凍保存についてだ。炊飯器のように保温しておくわけにはいかないから、冷凍することになるとは思う。鍋で炊いたご飯の残りを暖かいうちに冷凍しておけば、翌日以降、電子レンジ解凍して食べられる。
恐らく炊飯器で炊いたご飯で冷凍ご飯の経験をしている人も多いと思うが、それとはまた違った味わいに……あなたもきっと驚くことになるはず!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
本山 亮音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

京都生まれ京都育ち。
2020年10月開講のライティング・ゼミを受講、2021年3月よりライターズ倶楽部へ。
ワーキングホリデーで、フランスに1年間の滞在経験あり。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.125

関連記事