週刊READING LIFE vol.153

夢を叶えるには《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》


2021/12/27/公開
記事:九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
友人が和カフェをオープンした。
半年だけの契約で、3週間前に急に決まったと、案内をもらったのが、オープンの日の朝3時だった。夫婦だけで切り盛りするという。
 
銀座からも日本橋からも東京駅からも近い、京橋駅から徒歩1分の一等地の角地に、急にお店をオープンさせることができるなんて、正直のところ、お金持ちの人の趣味なのかなと思った。
 
とんでもなかった。なんて失礼なことを思ったんだろう。
 
食べたいというより、友だちに逢いたくてお店に行きたかった。でも、平日の11時から18時は仕事でなかなか行きにくい。土曜日もなかなか行くチャンスがなかった。日曜は休みなので、そうこうするうちに、オープンから2ヶ月が経っていて、混み始めたから平日の午後に来てということだった。でも、土曜の夕方に時間ができて、混んでいたらかえって迷惑かなと思いながら行ってみた。
 
ようやく着いたのは、閉店間際の17時ごろだった。お店には、6組ほどお客さんがいて、人気だった。席を案内してもらって、一番お勧めのどろろん本わらび餅を頼んだ。頼んでからわらび餅をつくってくれるので、しばし待つ。
 
友だちは一人で接客しているので、お茶を入れにまわったり、注文を聞いたり、お手洗いの案内をしたり、できたわらび餅を運んだり、おおいそがしだった。私は、置いてあった写真集などを眺めながら、お店の空間を楽しんでいた。天井が高くて、全面ガラスで広々として気持ちがいい。みんな楽しそうだった。友だちがみんなと親し気に楽しそうに話している。
 
お手洗いに行って戻ってきたら、どろろん本わらび餅ができていた。席に近づいた瞬間、ふわぁっときな粉のいい香りがした。
おいしそう!
大きな大きなわらび餅のかたまりを、お箸で切っていただく。なかなか切れなくてもどかしいほど、ねばりがあった。一口いただく。
えっ!? これは何?
「わらび餅ってこんなにおいしいの?」
と思った。
わらび餅をなめていた。というか、わらび餅に全然期待していなかった。こんなことを言ってはとても失礼な話だが、友だちのお店だから来ただけで、こんなにおいしいものがいただけるとは想像していなかった。でも、一口食べて、驚いた。今まで食べていたわらび餅はいったい何だったのかと思うほど、別の食べ物だった。友だちに感想を言う隙もなく、夢中になってわらび餅を食べた。最高においしかった。絶品だ。毎日でも食べたいほどだ。どれほどの名店でもこれほどのおいしいものはない。
 
ようやく手のあいた友だちが目の前にきたので、あまりに美味しくてびっくりした!というと、そうでしょうと言った。今まで食べていたわらび餅と比べ物にならないと言うと、「それはそうよ、ふつうに売っているのは、わらび粉じゃないから」と言った。
「このわらび餅は、本物のわらび粉だけでつくっていて、しかもできたてが一番おいしいから、お待たせするけど注文を聞いてから毎回つくってできたてをお出ししているし、あんこも絶妙にまぜていて、きな粉もこだわりのもので、身体にいいものだけでつくっているから絶対においしいはず。この感動を味わってもらいたいの」
と説明してくれた。
 
今まで食べていたわらび餅はわらび餅じゃなかった。本物のわらび餅がこんなにおいしいなんて、感動した。
 
私の母は、わらび餅が好きで、よく気軽にスーパーで買ってきて食べていた。私はそのきな粉の味しかしない代物を、全然おいしいとは思わなくて、わらび餅に執着が全然なかった。
おいしいものだという認識がないからだ。で、このお店で、いちばんお勧めだというどろろん本わらび餅を食べて、わらび餅の概念が変わった。このわらび餅は、わらび餅の中のわらび餅だ。また食べたいと思う。そして、母にも食べさせてあげたいと思った。
 
こんなにおいしいわらび餅を提供するお店の、ほかのメニューも全部制覇したくなったが、閉店間際に来てしまったので、余裕がない。飲み物にお抹茶でもいただこうかなとメニューを見ていたら、日本酒とあった。日本酒とお抹茶と迷っていたら、友だちが、日本酒飲むならつきあうよと言ってくれた。それじゃあと日本酒を一緒にいただく。いただいたのは、「るみ子の酒」という三重県の蔵元の女性杜氏がつくる特別純米酒だった。日本酒は酔いやすいので、控えめにと思っていた。が、このお酒は、とてもスッキリとしていて、飲みやすく、スイスイ飲んでしまう。一升瓶を開けてくれたときに、ポンと音がした。
「ほら、本物の音」
と友だちが言う。酵母が生きているからだ。
女性杜氏の草分け的存在である森喜るみ子さんが、父の急病を受けて蔵元を継ぎ、『夏子の酒』を読んで、感想文を送ったことで、漫画家の尾瀬あきらさんが「るみ子の酒」と命名し、ラベルの絵を描いてくれた。すべてが純米づくり、酒米の山田錦の無農薬栽培を始めたり、機械はほぼ使わない手づくりという、こだわりのお酒だった。
 
「本当にいいもの、本物しか使いたくないし、皆さんにも本当に美味しいものを味わってもらいたいから」
友だちがまっすぐな気持ちで話す。
 
その合間にも、お客さんがふらりと入って来られたり、4人グループのお客様もそろそろ帰り支度をされていて、友だちはいそがしい。グループの方が写真を撮ってほしいと言うと、頼まれた友だちは、「いいものがあります!」と、大きな額縁を取り出してきて、「この額縁の中に入れば、絵画のようになりますよ」 なんという演出だろう。みんなワクワクして目を輝かせている。嬉しそう。写真を撮る瞬間の喜び度が明らかに上がっていた。
そして、友だちは、あなたともぜひ一緒に撮りたいと言われて、友だちが額縁の中に一緒に入って、私がシャッター押す係に呼ばれた。私も役に立てるなら嬉しい。口々に撮ってくれてどうもありがとう、と感謝される。
 
どのお客さんとも親しげに話していて、お客さんから、「手のあいたときでいいから来てくれる?」というやさしい声が、やわらかく響いていた。
 
すごいなあっと思った。この素敵な空気をつくっているのは、彼女の力だ。ただ、まっすぐに、本物のわらび餅を食べてもらいたいという思いで、一生懸命ホールを一人で切り盛りしている。お客様の動きを察知して、お手洗いに立たれたら、すかさず案内し、入口のドアは重たいから私が開けますと率先して開け閉めし、名残惜しくお客様をお見送りする。
お帰りのお客様に、こんなことを話していた。
「白玉あんみつ栗きんとんは、いかがでしたか?」
「とってもおいしかったです!」
「今日は栗がいつもと同じものが仕入れられなくて、おいしさが足りなかったかなと」
お客様は「とんでもない!すごくおいしくて感動しました!」と仰ったが、
「いえ、みんな感動するおいしさなんですが、感動の度合いが違うと思うんです」
 
感動するものをつくって提供しているから、感動してもらうのはあたりまえで、その感動の度合いがいつもと違うということらしい。なんてすばらしいのだろうか。感動が初期設定で、
感動するものしかおいていないというスタンスだ。
 
それで、どのお客様とも親しげで、みんな楽しそうに過ごされているので、
「みんな常連さんなの?」と聞くと、
「いいえ、皆さん初めてのお客様」だという。
 
初めて入ったお客さんが、店員が1人なのを思いやって、「急がなくていいから手があいたときに来て」とやさしく声をかけてくれる。そういう気持ちに自然とさせてくれる接客だった。接客しているというより、いつもの彼女をそのままに、自然体で、純粋な気持ちで働いている。彼女が楽しいから、周りも楽しい。そんな感じだ。
 
最後のお客様をお見送りして、私も一緒に写真を撮りたいなと頼むと、例の額縁を持ってきて、旦那さまに撮ってもらいましょうと言って、額縁のなかで旦那様を待っていた。
そしたら、ガラス張りの窓の向こうから、通りすがりの人たちが額縁の中の私たちを見ていた。彼女がにこにこして、隣で言う。「撮ってもらおっか」「え?」正直、なんで通行人の人たちに?と思った。彼女はすかさずドアを開けて、写真撮ってもらえますか?と頼んでくれた。いいですよ~と外にいたグループの一人の男性が、快く撮ってくれた。しかも、何回も笑顔で楽しそうに撮ってくれた。
「このビルの上で働いています」
「え、そうなんですか!ぜひ食べにいらしてください!」
みんなすぐに彼女の虜になる。
 
営業時間を終えた店内で、彼女とふたりお酒を飲んだ。
「とっても素敵なお店で、感動した。どうしてお店開いたの?」と尋ねた。
「ここの場所がいいなとずっと思っていたの。そしたらコロナでここに入っていたお店がクローズして、空いているなら使わせてほしいと直談判に行ってみたら、半年だけという約束で貸してもらえたの」
 
驚いた。
夢物語のようなふわふわしたものではなく、むしろ、虎視眈々とチャンスを狙っていて、チャンスだと思ったら、自分から掴みにいく。そして、夢を現実にさせた。すごい力だ。
 
ただ、本物を提供したいだけ。本わらび粉を使ったわらび餅が食べられるところも、江戸から南下180キロの神津島の天草を使用した寒天のあんみつも、東京であまりほかにはないという。本わらび餅には、『醍醐天皇御好みあまから岡大夫』の称号がついている。昔、天皇のいる御殿には、位の高い人しか入れなかったので、わらび餅を好まれた醍醐天皇は、わらび餅に大夫「従五位」の位を授けられ、わらび餅は「岡大夫」と呼ばれて親しまれるようになったという。
また、彼女は茶道の速水流の教授でもあり、次に行ったときは、彼女の立ててくれるお抹茶もぜひいただきたいと思う。
 
この期間限定の最高のわらび餅を味わえるあんみつカフェは、
「あまから茶屋」 https://amakarachaya.com/
といって、京橋駅7番出口から徒歩1分の明治屋のすぐ近くにある。
江戸時代には、江戸から京都までの東海道五十三次を旅するのに15日間かかったというが、日本橋を出て最初の茶屋「あまから茶屋」でわらび餅を食べて、中間の25番目の宿の静岡県で名物のわらび餅を食べて、東海道最終地点の三条大橋から四条にくだったところにある「文の助茶屋」でわらび餅を食べるのを楽しんでいたという。
年末に京都への帰省に東海道新幹線に乗る前にもう一度、ここのわらび餅を食べたいと思う。母への手土産にしたらきっと喜ぶだろう。お江戸の本物のわらび餅にびっくりする顔が思い浮かぶ。
 
彼女が選んだものが本物だから、おいしさが生まれる。
彼女のおもいが本物だから、出逢った人は感動する。
彼女自身が真摯に生きているから、夢は叶う。
 
私も、自分と真剣に向き合って生きていこう。
彼女のように、夢を実現させたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

同志社大学卒。陰陽五行や易経、老荘思想への探求を深めながら、この世の真理を知りたいという思いで、日々好奇心を満たすために過ごす。READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部で、心の花を咲かせるために日々のおもいを文章に綴っている。

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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