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週刊READING LIFE Vol,95

BLACK LIVES MATTER―在米日本人の私にできること《週刊READING LIFE vol,95「逃げるということ」


記事:武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
“BLACK LIVES MATTER” (ブラックライブズマター)
 
「黒人の命も大切だ」(1)
 
私の住むアメリカで、今年の5月25日、ミネソタ州、ミネアポリスに住むジョージ・フロイドさんが警察に暴力的に拘束され、死亡させられるというニュースがテレビやインターネットを通じて報道された。そのニュースが発信されるとまもなく、#ハッシュタグの付いたこの言葉が、SNSでも拡散された。
 
当時、新型コロナウイルスの一色だったアメリカのメディアは、一斉にこの事件の報道に塗り替えられたように見えた。
 
一体、何が起こったのだろうか。私は関連する記事を読み、同時に、ネットに掲載されていた事件の様子を捉えた映像を観た。それはかなり残酷で衝撃的なものだった。
 
ジョージ・フロイドさんは、タバコを購入する際に偽札を使ったという容疑で、店を出たところで白人の警察官に手錠をかけられる。その後、フロイドさんを連れた警察官は自身の膝でフロイドさんの頸部を押さえつけた。フロイドさんは顔面を路面に抑え込まれた状態で、その場にいた警官に「息ができない」と何度も訴え続けたが、フロイドさんが死亡するまで、8分46秒もの間、警官は膝で抑えつけたままフロイドさんを離さなかった。
 
見るに耐えられない映像を見て、複雑な気持ちになっている間もなく、アフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為に抗議しする「BLACL LIVES MATTER (以後BLMとする)」のプロテスト(デモ)がまたたく間にアメリカ各地で広がっていった。
 
平和的に行われていると思われたBLMのプロテストの活動にまぎれて夜間、BLMとは別のグループが暴動や略奪を起こした。BLMという言葉は数年前からSNSなどで聞いていた。だが、当時、私は一つのニュースとして捉えていただけだった。
 
しかし、私の住む州都、ボストンのダウンタウンでも略奪が起こり、馴染みのある場所が破壊されるのを見て、このアメリカ全土で起こっているBLM運動とその影響をうける社会の巨大なうねりを、移民の日本人だからといって、他人事として見ているだけでは済まされない何かを感じずにはいられなくなっていった。

 

 

 

私は大学の語学研修プログラムで1990年に初めて渡米し、テキサス州立女子大のキャンパスに滞在した。その時に、大学からお世話役として私達のサポートをしてくれたのが当時の私達と同じ年の19歳のレスリーというアフリカ系アメリカ人の女子学生だった。レスリーはとても責任感が強く、頼りがいのある女子学生だった。
 
ある日、一緒に日本から研修に来ていた友達と、レスリーの大学寮の部屋を訪れた。その日、レスリーのお母様が大学を訪れていたので、レスリーが私達にお母さんを紹介したいと部屋に招いてくれたのだ。
 
私達は部屋に入ると、部屋の奥にいたお母様に挨拶をし、レスリーにお世話になっていることへの感謝の気持ちを伝えた。するとお母様は緊張した面持ちで、一言二言小さな声で何かを話したきり黙り込んだ。私達を見る目が怯えなのか、怒りなのか、警戒なのか、何かわからないが、言葉で言い表せない緊張感がお母様の周りに漂っていた。たいして英語のできない私達でさえも、その尋常ではない空気を感じ取ったため、その日長居はせずに早めに御暇した。ずっとそのことが心に引っかかっていた私は後日、レスリーに聞いてみた。
 
「私達、何かお母様の気に障ることをしたのかな?
もしそうなら謝りたい」
 
「違うのよ。あなた達は何も悪くないわ」
 
レスリーは続けた。
 
「アメリカでは今も人種差別があることは知っているよね? 母も今までいろいろな経験をしてきて……。アジアの人と交流することはこれまで無かったし、差別を受けるんじゃないかっていう、警戒心があったみたい。母にはあなた達は人種差別をするような人じゃないって伝えたんだけど。だから、気にしないでね」
 
私は、人種差別が今でも行われていると聞いてショックを受けた。当時私は本当に無知だった。奴隷制度があったことはしっていたが、それは過去のことで、今はみんなが平等だと思っていた。また、映画等で見る限り、白人も黒人も黄色人種もアラブ系もその他の人種もみんなが混じり合った社会のように見えていたからだ。
 
しかし、その日以降、テキサス女子大内のキャンパス内を注意深く見ると、黒人や白人が混じり合った学生のグループはなかった。だいたい黒人同士で固まってる、あるいは白人は白人だけのグループのように思えた。こんなに別れていることに、レスリーに言われるまで気づかなかった自分も自分だった。
 
アメリカは人種の坩堝と聞いていたが、テキサス女子大のある、フォートワース近郊の田舎町では、実際にどの人種の人達も混じり合って交流しているわけではないということを実感した。もちろん、これも州や都市によって違うのかもしれない。また、レスリーとお母様で、私達に対する態度が違ったように世代によっても捉え方が変わってくるのかもしれない。だが、30年前のアメリカ南部のテキサス州の田舎の町では、まだ異なる人種が混ざりあって生活しているという状態ではなかったように思えた。

 

 

 

その後、私はアメリカ人の夫と出会い、アメリカ東海岸に移住することになった。我が家が住んでいる町周辺は白人の割合が多い地区だ。自分自身がもしかしたら人種差別をうけているのかなと感じることがなかったわけではないが、「国へ帰れ」などと、言葉ではっきり言われたことはない。また、何度か車を運転中に警察に止められたことはあるが、警察から不当な扱いを受けたことはなかった。
 
今年の5月末、ジョージ・フロイドさんが警察によって殺害されて以来、BLMの運動は世界各地に広がった。人種差別は許されないことは明白だ。しかし、自分はアメリカで育っておらず、また、夫は白人で、人種差別と言っても当事者ではない自分が、どうこの問題と関わっていくべきなのかわからず、傍観することしかできなかった。また、無知による誤った発言で、人を不快な気持ちにさせることだけは避けたかった。
 
そんな中で、BLMの活動をしている人たちが掲げていたあるメッセージが私を突き動かした。
 
「Silence is violence」(沈黙は暴力である)
「Silence is complicity」(沈黙は共犯者である)
 
私は、アメリカに起こっている人種差別について、「当事者ではない」ということで、自分がこの問題から逃げているのではないかと感じ始めた。何か、自分なりにできることを考えて行動を起こすべきだと。
 
世界各地にBLMのデモが広がる中で、私達の住む田舎の町でも、6月の初旬に警察が主導する形で平和的BLMのデモが行われた。コロナ渦で人混みに行くことへの不安がなかったわけではないが、参加したいと思った。だが、以前リスクマネージメントに関わる専門的な仕事をしていた夫は、「平和的なデモが、いつ暴動に変わるかわからない」と私のデモへの参加を反対した。
 
わが町でのデモには参加できなかったが、ケーブルテレビで、その集会の様子がネット配信された。参加者は白人が大多数だった。そこで、わが町に住むアフリカ系アメリカ人の方のスピーチを聞くことができた。やはり私が知らないだけで、直接的にも差別的な言動が今でもなされていることを知った。また参加者への質問の中で、「自分は人種差別をしているか」という質問の中で、正直に手を上げている人も少なくないことに驚いた。
 
翌日、子供の学校の担任の先生もその集会に参加されていたということで、クラスでBLMや集会についてのディスカッションが行われていた。リモート学習での出来事だったので、私は横でクラスでの内容を聞いていた。ある生徒が、「デモで人がたくさん集まったら、コロナに感染するから危ないんじゃないか」と言うと、先生が、「コロナに感染する以上に、BLMの集会に参加することが重要だと思っている人が参加しているのよ」と生徒の質問に答えていた。それを聞き、米国においてのこの問題の重大性、またそれをより理解することの重要性について、再認識した。
 
ボストンの複数の日本人のコミュニティグループでもBLMに関するセミナーや勉強会がZoomを利用して、オンラインで開かれることになったので、参加することにした。まず、知識を得て自分の意見を持てるようになろうと考えた。
 
あるセミナーにおいて、参加する前に観ておくべき動画がいくつか紹介された。その中に『13TH (憲法修正 第13条)』というNetflix配給のドキュメンタリー映画があった。YouTubeで日本語版の字幕付きで観ることができるということで、私は早速そのドキュメンタリーを観てみることにした。
 
タイトルは、アメリカ合衆国憲法の憲法修正第13条の修正条項、奴隷制の廃止にから由来している。しかし、13条には例外があった。犯罪者については適応しないということだ。
 
この例外が利用され、当時、黒人がただ徘徊しているだけ、また小さな罪で逮捕されて投獄されるようになる。映画やメディアの影響もあり、黒人は犯罪者だというイメージを国民に植え付けた。
 
また、1980年、アメリカでは、ドラッグが社会問題になっていたのだが、同じドラッグでも、アフリカ系アメリカ人が多く利用していた吸引型コカインのクラックという種類を所持していた場合は重刑で刑務所に入らなくてはいけない一方で、白人が多く利用していたコカインの所持の場合は、軽罰で済まされるというような法律が制定される。これは、黒人を多く投獄をさせるという目的で、明らかに人種差別を狙った法律だった。
 
1970年頃から始まった大量投獄は当初35万人程度だったが、1980年には51万人、そして2014年には230万人と異常ともいえるスピードでその数値は増えていく。
 
こういった大量投獄の裏には、今回のフロイトさんのように、警察に捕らえられた末に不当な暴力を受けたり、射殺されたりして死亡するケースが絶えず日常的に起こっていることを知ることができる。
 
BLMの記事を読んでいると、「Systemic racism」(制度的人種差別)や「Structural racism」(構造的人種差別)という言葉が出てくる。こういった言葉の意味もこの『13th』のドキュメンタリーをみると理解できた。

 

 

 

この映画を観るまで、何をどう知れば良いのか、具体的に踏み込んで考えることができなかったアメリカの人種差別の問題の外観を少し捉えられるようになったように思う。このドキュメンタリーですべてが分かるわけではないが、アフリカ系アメリカ人の人たちの置かれている状況や苦労を多少なりとも理解できたことは、私にとって非常に大きかった。また、映画を見て以降、BLMのニュースに関する見方も変わったように思うし、今まで意識していなかったが、黒人の方と接するときも自分の中で少し何かが変わったような気がする。
 
先日SNSでデモに参加している人が掲げていた「沈黙は暴力である」と言うメッセージボードを見たことは、私にとって、自分の住む国で起こっている社会問題から逃げずに知ろうとするきっかけになった。こういったBLMの活動が、集会には直接参加できなかった私にも、何か行動を起こせるきっかけをくれたことに感謝した。そして私ができることとして、この記事を書いた。今、読んでいただいている読者の方々がこの記事を読まれ、BLMについて考えるきっかけになればと願っている。
 
 
 
 

(1)この和訳においては様々な議論がされているが、『13TH』で使われていた和訳を採用した。

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語をキープするために2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,95

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