あなたの上手な酔わせ方

【羊羹とウイスキー】お酒は、意外な組み合わせが面白い 《あなたの上手な酔わせ方〜TOKYO ALCOHOL COLLECTION〜》


記事:松尾英理子(READING LIFE 公認ライター)

「悠悠として 急げ  開高 健」
そこは、東京赤坂の一ツ木通りにひっそりと佇む、作家 開高健が足しげく通ったバー。地下への階段を降り、ぐっと体重をかけて重厚な扉をあけ、正面に飾られている色紙の文字に書いてあるこの言葉に促されながらカウンター席につきます。

悠々として急げ、とは、開高健が生前に事ある毎に人に伝えていた言葉だといいます。
「急いでばかりでは、いい結果は出ない。心に余裕を持ちじっくり考える時間があってこそ、いい決断ができる。結果的にはそれが一番スピーディなことが多いものだ」

こんな意味合いのようです。色紙に直筆で書かれた文字が丸文字なのもかなり意外で、見るだけで心が落ち着くので、開高さんは字体を通じても「悠々が大事だ」と伝えたかったのかもしれません。

このバーのカウンターに座ると、小説家であり、ジャーナリストであり、釣り師であり、会社員でもあり、破天荒で何事にも明るく生きた開高健の残像を感じます。だからなのか、ポジティブな空気が静かにお店全体に漂っていて、このバーを訪れると、いつも疲れが溶けていく感覚と同時に前向きな考え事がしたくなるし、仲間と訪れると、いつも全員が笑顔で店を出ることができるような気がしています。

こんな魔法の国みたいなバーで、もう一つ教えてもらったのが、開高健がこのバーのバーテンダーに頼んで、何度も出してもらっていたという、ウイスキーと「あるもの」との意外な組み合わせ。
その組み合わせは、そのバーの黒板メニューに今でも必ず書いてあります。

「虎屋の羊羹とマッカラン」

マッカランとは、イギリスの北部スコットランドにあるシングルモルトウイスキーの銘柄のこと。「シングルモルトのロールスロイス」と讃えられる、芳醇で高貴なウイスキーです。

ここで少しだけ「シングルモルト」について説明をさせてください。ウイスキーの原料には主にモルト(大麦)とグレーン(トウモロコシやライ麦など)があり、モルトのみを使用したウイスキーを『モルトウイスキー』と呼びます。『シングルモルト』は、その中でも単一の蒸溜所でつくられたモルトウイスキーをボトリングしたもの。その蒸溜所の個性やこだわりがそのまま反映されているのが特長で、日本で言えば、山崎、白州、余市などなど、です。

話をバーに戻しますね。
スコットランドの雄であるマッカランに、これまた日本を代表する老舗「虎屋」の羊羹だなんて。
ケンカしてしまいそうな変った組合せ……。
そうつぶやいたら、バーテンダーが笑って私に言いました。

「だまされたと思って、一度試してみてください。きっと驚きますよ」

しばらくすると、食べやすく細く一口大にカットされた羊羹とウイスキーが私の前に置かれました。

ウイスキーを口に含む。そして羊羹を一口、口に入れる。
すると、芳醇で甘やかなマッカランの香りが口中に広がる。そして、口あたりなめらかな羊羹を噛むごとに、2つの異なる甘さが絶妙なハーモニーを生み出す。

本当に、驚くほどに、羊羹はウイスキーととてもよく馴染みました。2つの強い個性がぶつかってしまうと思ったら、こんなにもお互い寄り添うことができるなんて。世紀の発見をしたような気分になり、気分が高揚したまま、バーを後にしました。

開高健と親交の深かった作家の藤森益弘氏はエッセイの中で、こんなことを書いていたようです。

『出張先のホテルの部屋で、開高さんに、マッカランと虎屋の羊羹をすすめられた。甘党でもあった僕は羊羹も好物のひとつだったが、ウイスキーといっしょにかじったことはなかった。しかし、これがうまかった。何とも絶妙な甘さが口の中に残り、文字通り甘美な陶酔に浸してくれた。「どや?」と開高さんに訊かれ、「いやぁ、いけます」と答えると、「そやろ」と満足気に笑みを浮かべられた』

このエピソードを知って、私は、開高健と同じことをしたくなりました。今よりももう少し、気心知れた仲になりたいな、と思っている相手と一緒に。

3年位前、勤めている飲料メーカーで、スーパーなど小売店の現場の営業を担う会社の本社で仕事をしていた時でした。現場一筋で、お店の売上を背負うリーダーたちと、本社で彼らの活動内容や方針を考える私は、近いようで遠い関係性でした。日々お客様と接している彼らからすれば、私は、彼らの仕事を主にパソコン上で確認しながら、机で作戦を考えているような、つまりマッカランと羊羹くらい違う存在だったでしょう。それまで飲みにいく機会はあまりなかったのですが、そのチャンスが巡ってきた時、私は2次会で、思い切って彼らをこのバーに誘いました。
そして、羊羹とウイスキーの組合せを半ばゴリ押しでオススメしました。私と同じように、最初はこの組合せに半信半疑でしたが、試した後は思った通り面白がってくれたので、私は「でしょ? この組合せ最高でしょ?」と調子に乗り、そこから彼らと一気に距離が近くなった思い出が、今でもその情景ごと記憶の中に深く刻まれています。ここまで彼らと絆を深められたのは、もしかすると、この意外な組み合わせが導いてくれた共通の感覚がきっかけだったのかもしれません。

随分前に読んだ本に、ビジネス書の名著、ジェームズ・ウェブ・ヤングの「アイデアのつくり方」があります。羊羹とウイスキーの面白さを知った後、この本に書かれたある言葉を思い出し、本棚から探して久しぶりに読んでみました。ヤング氏は、世界的に有名な広告会社J・ウォルター・トンプソンの副社長まで勤めあげた広告マンです。

「アイデアとは既存の要素の組み合わせ以外の何ものでもない」

この言葉、まさに、ウイスキーと羊羹の意外な組合せで感じた面白さや感動を表してくれている気がしました。さらに、その言葉の後には「アイデアを生み出すのに特効薬などない。それまでに積み上げてきた準備や努力、心がけの全てがその糧になる。つまり、いいアイデアは、決して短時間の思いつきで生み出せるものではないのだ」と、書かれていました。

うんうん、と頷きながら読んでいたら、あることに気づきました。要素を「人」に、アイデアを「いいチームやいいコミュニティ」に当てはめたら、ほぼ同じだな~と。この人とあの人、あわないよねって思っていたら、実はその二人の意外な組み合わせが、その組織をよくするきっかけになったりすることがありますよね。

それまで、開高健の著書は、私にとっては文体が読みにくく、熟読できたことがありませんでした。でも、あのバーにあった色紙や、ウイスキーと羊羹という意外な組合せを通じて、開高健は私に教えてくれました。

「まずは、悠悠として急げ。それを繰り返していくことで、次のアイディアは生まれ、必ず道は開ける。そしてそれは、お酒はもちろん、組織も同じだよ」ということを。

羊羹とウイスキー。
いわゆる、絶対に合うと言われる組合せ、例えば枝豆にビール、ワインにチーズ、日本酒に刺身などは、あわないはずないと思える絶対的な信頼感はあるけれど、なんだか当たり前すぎで面白くないですよね。それよりも、意外な組合せのほうが100倍面白い気がします。そして、人と人との組み合わせも同じことが言えるのかもしれません。

最後に、私がこれまでにハマった意外な組み合わせを2つご紹介しますね。

<しば漬け&赤ワイン>
しば漬けにあわせる赤ワインは、少し酸を感じるようなライト~ミディアムタイプのワインをオススメ。お互いの酸味が合わさってまろやかになり、抜群のマリアージュ。そろそろやってくる11/15(木)解禁のボジョレーヌーヴォーとの相性もバッチリです。しば漬けはそのままでも、細かく刻んでクリームチーズに混ぜてディップ風にすると、おしゃれに楽しめます。

<卵かけご飯&日本酒>
新米の季節ですね。そんな香り豊かな炊き立てご飯に卵とお醤油、少し日本酒を垂らすと絶品です。そして、そろそろ出てくる新米を使ったフレッシュで香り豊かな新酒と楽しめば、休日のブランチには最高の組み合わせになること間違いなし。ちなみに、炊き立てご飯がなければ、冷凍ご飯をチンするときにも日本酒を少しふりかけると、つやつやご飯になりますよ。

 


■ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーデンタースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。READING LIFE公認ライター。

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2018-11-05 | Posted in あなたの上手な酔わせ方

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