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あなたの上手な酔わせ方

全員が上手に酔う。それはあまりに素敵なことでした《雑誌「地域人」刊行記念!旬の「日本ワイン」で春を楽しむイベントレポート〜「あなたの上手な酔わせ方」番外編》


記事:松尾英理子(READING LIFE公認ライター)

平成最後の日。2019年4月30日。
「全員が上手に酔う」ひと時を、目の当たりにする出来事がありました。
それはあまりにも素敵な時間で、数日たった今も、まだその余韻に浸っているほどです。

そもそも、「上手に酔う」ってどういうことなんだろう。
「あなたの上手な酔わせ方」というタイトルで連載を始めてから、ずっと思いを巡らせてきました。

まず思いつくのは、一緒に飲んでいる人や周囲に、迷惑をかける飲み方をしない。
たとえば、大声になったりとか、説教や自慢話をするとか、電車で他人にからむとか。
もう一つは、自分自身が後悔する飲み方をしない。
飲んだ後、どうやって帰ったか覚えてないとか、次の日目覚めた時に二日酔いとか。

自分にとっても他人にとっても、「悪酔いしない」のが、「上手に酔う」ということだと思ってきました。

でも、それ以上に大事なことがあったんですよね。
お酒を30年も飲み続けていながら、平成最後の日にやっと答えが見つかりました。

その答えを教えてくれたのが、今回レポートするイベントです。

地域創生をコンセプトにした雑誌「地域人」という雑誌をご存知でしょうか。

この春発売号の特集テーマは「日本ワインの挑戦」。日本の土地と向き合い、その土地でぶどうとワイン造りの人生をかける人、そして未来に歴史をつなぐ人を追い、全国各地を巡り綴られた記事は、その土地とその造り手に会いに行きたくなるような、人肌感にあふれた珠玉の特集でした。

記事を書かれた、食文化の権威でフォトジャーナリストの森枝卓士さんのお話を聞きながら、日本ワイン飲めたら最高かも。そんな話を編集長である渡邊直樹さんと話していて、思いついてしまったんです。

この地域人、実は天狼院書店の三浦店主が特任講師をされている大正大学が発行する月刊誌。それならば、紙上を飛び出て、天狼院書店で記念イベントをやっちゃおう! と。

イベントはGW狭間のお昼時間開催。にもかかわらず、定員を大幅に超えるお客様にお越しいただき、満員御礼で始まりました。でも、ほぼ全員がおひとりでの参加。知らない人と肩寄せ合って座らなきゃいけないくらいぎゅうぎゅう詰めの状態で、なんとなく居心地の悪い、ぎこちない雰囲気でした。

森枝さんへの質問トークから始まったこの会、普通のワインの会にはない、食文化から見たワインの話は、私も目から鱗のことばかり。中でも特に面白かった話をご紹介させてください。

「森枝さん、日本ワインって最近注目されてますよね。なんでこんなに人気が出てきたんでしょう?」

「10年、20年前から日本ワインを飲んでいるけれど、ここ数年びっくりするくらい美味しくなっているよね。だから、まずもっと品質がよくなっている、というのが一番にあるよね。でも、それじゃあまりにも当たり前の話」

と言って取り出された本が、「西洋料理指南」でした。

「1872年(明治5年)に日本で最初に西洋料理を紹介したこの本、カレーのことも書かれていてね。その材料を見ると、現代のカレーに近くカレーライスの原型とも言えるレシピとなっているんですよ」

「実はこの年に日本は近代国家宣言をしていてね。国民の栄養と体格向上のために、官民一体となって西洋料理を取り込もうとしたんでしょうね。だから、こんな本も出版されている。でもね、当時これを見て西洋料理を作ろうとする人はいなかったわけで。だって、その時代はお米を美味しく食べるために料理していたから、そう簡単に普及するはずはないですよね」

「それから80年近くたって、戦後一気に西洋料理が普及し始めて。そして、今では日本の食卓には欠かせない料理になっているわけです。つまり、文化っていうのは定着に時間がかかる。一足飛びにはいかない。
でも、その長い年月の中で、その普及に人生をかけてきた人たちがいるからこそ、今の定着があるんです」

「それって、日本ワインブームと何が関係あるのでしょう?」

「日本でのワイン造りも実は100年以上が経過しているでしょう。つまり、今の造り手たちが頑張ったから、というだけではなく、先人たちの積み重ねがあって、今があるということ。これは西洋料理もワインも同じだってことなんじゃないかって思うんです」

「例えば、岩の原葡萄園で川上善兵衛さんがワイン造りを志してから130年くらい経っているのかな。
この特集号にも書いたように、当時、勝海舟と親交のあった善兵衛は、舶来の「葡萄酒」を振舞われ、ワイン造りへの夢を持ったわけです。そこで、日本の土地で育つブドウ品種の開発に人生をかけることになるのです。でも、当時は、西洋料理もワインも一般には普及していなかった時代ですからね。大借金をかかえてしまうのです……」

そう。文化というものは定着するには、長い歳月がかかる。でも、定着したらそれは進化していく。志を高く持って、先の見えない夢を追い続けたパイオニアがいてくれたことがすべての文化の原点なのかもしれません。

そんな歴史の奥深さを知り、さらに品質が上がったという日本ワインが最高に待ち遠しくなってきたところで、お楽しみのワイン4種のテイスティングの時間になりました。

ワインが出そろい、東京天狼院の幸田マスターお手製のおつまみがテーブルに並ぶと、一気に雰囲気が明るくなってきました。白ワインにはコールスローに魚介のパテ、赤ワインには海苔アボカドとソーセージを。

参加者の皆さんに、ワインとおつまみのベストな組み合わせを見つけてもらいたかったので、最初に、ワインと料理の合わせ方について説明をしました。正直、これが正しい!というような答えはないのですが、一番間違いないな、と思えるのが「色」。ワインの色と似た色のお料理を合わせると、たいていは合う、ということ。

クリームシチューには白ワイン、ビーフシチューには赤ワイン。
鶏肉には白ワイン、豚肉にはロゼワイン、牛肉には赤ワイン。

と、こんなイメージです。そのあとは、テーブルごとに、ご歓談。

「このワイン美味しい!」
「このおつまみには、これが合いそう!」

と、4種のワインと4種のおつまみのかけあわせが面白くて、どのテーブルも次第に盛り上がってきました。
20分が経過した頃には、もうこちらが止めに入らないと、みなさんの会話が途切れないくらい。

「昼酒だから酔いそうなのに、今日は大丈夫」
「日本ワインがこんなに飲みやすくておいしいなんて、初めて知りました!」

飲んだ量はグラス5杯程度。お昼にしては結構な量です。
ワインの味わいがやさしかったこともありますが、飲む前に、皆さんがまずは話をじっくり聞いて考えてくれたから。そして、一杯一杯を大事に飲んでくれたから。そしてみんなで、マリアージュ談義もできたから。楽しく会話しながら、そして楽しいことを考えながら飲むと、身も心も満たされて、あまり酔わないのかもしれません。

2時間前までは堅い表情が多かったことが信じられないくらい、全員が見事に笑顔になっていました。

「今日、人生で初めて赤ワインを飲みました」という方から、「毎日、日本ワインを飲んでいます」というプロフェッショナルな方まで、みなさん初めて出会った人たちなのに、ここまで仲良くなれるってすごいなあ。

きっと、これは自分たちと同じ、日本の土地で生まれたワインがつないでくれたご縁なのかもしれません。

このイベントに飛び入り参加してくださった、俳優で日本のワインを愛する会会長の辰巳琢郎さんが最後におっしゃっていたことがとっても印象的でした。

「ワインは、変化を楽しむお酒です。品種や産地で違いを飲み比べるのも楽しいけど、同じワインでも、こうやってみんなで喋ってると、味わいがどんどん変化していくのがわかりますよね? 同じワインでも、抜栓したての時としばらくたってからでは味わいが違ってくる。それは温度が上がったり、食べ物と食べたりしているから、というのもあるのですが、これがワインの楽しいところなんですよね」

「是非、これから日本ワインを飲む時は、その背景にある土地や人を思い浮かべてみてください。日本ワインはそれがイメージしやすいでしょう。みんなで応援していくことで、きっと土地や人は僕たち飲み手の期待にこたえてくれるはず。そうすれば、将来は、もっとおいしい日本ワインが飲めるようになる。楽しみですよね」

一杯のワインを通じて、日本の土地や人を応援することにつながり、結果的においしいワインが飲めるようなるって素敵ですよね。

こうやってこのイベントは2時間で閉幕、全員が笑顔でお帰りになりました。

たくさんの笑顔が溢れたこのイベントを通じて、参加者の皆さんが私に教えてくれたこと。
それは「上手に酔う」というのは、飲み終わった後「全員が笑顔になれる」ことだと気づかされたこと。

「あなたの上手な酔わせ方」というタイトル、三浦さんがつけてくださったのだけど、最初は少ししっくりきませんでした。でも、やっとその意味がわかりました。三浦さんに感謝せずにはいられません。

令和の時代も、皆さんが上手に酔えること、つまり笑顔になれること。そんなワインやお酒を通じて、楽しいお酒のひと時を送るお手伝いをしていきたいです。

❏参考文献
大正大学発行「地域人」第43号

❏ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーテンダースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。READING LIFE公認ライター。

松尾英理子氏が講師をつとめる天狼院「ワイン・ゼミ」は、引き続きお申し込み受付中です。ご興味のある方は下記ページをご参照ください。

【2019年4月開講】「上手に酔う」ためのワイン・ゼミ ~大人の嗜み「ワイン」の飲み方・選び方を本屋BARで楽しく学ぶ〜《天狼院リベラルアーツ・アカデミー》

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《5/2までの早期特典あり!》


2019-05-02 | Posted in あなたの上手な酔わせ方

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